両親の住む一軒家に来ている。
今日はなんといっても父の日!
であるがゆえに、
「おとうさん、あのね」
と、ダイニングテーブルの席についているおとうさんにゆっくりと近付いていくわたし。
意図を察して立ち上がってくれるおとうさん。
わたしは緊張してしまい、紙袋を差し出そうとする両手が震えを起こしてしまう。
見つめ合うコトすら上手にできない。
大学4年生にもなって未だファーザー・コンプレックス。
そんな不甲斐無いわたしにおとうさんが、
「愛。おまえは変わんないな」
「え……。どこが?」
「いざとなると自分を出し切れないところ」
「『いざとなると』って……」
「いざ父の日のプレゼントを渡す段になって、緊張しまくってるじゃないか」
6月だというのに背中がヒヤリとするわたし。
「もっと自然で良いんだよ。おれのコトをリスペクトし過ぎてるんじゃないか? だから、全身に余計なチカラが入る」
わたしは、うつむきながら、プレゼントの紙袋をおとうさんに突きつけてしまった。
不甲斐無さ過ぎる。
でも、おとうさんがわたしの頭頂部に右手をポン、と置いてくれたから、嬉しさも芽生えてくる。
「ネクタイが、はいってるのっ」
嬉しさ混じりの震え声で紙袋の中身を伝える。
「おとうさんには、感謝のキモチしか無いわ」
ちょっとだけ目線を上昇させながら本心を伝える。
「いつもありがとう。おとうさん、今年からは日本住みだから、距離が一気に縮まって、わたしとっても安心……」
ここで、
『今年から日本住みなのはわたしもおんなじなんだけどなーっ』
というお母さんの割り込み。
分かってるわよ。知ってるわよお母さん。
余計なツッコミ入れないでよ。
これから眼の前のおとうさんに愛情を注いでいく段階だったのにっ。
わたしの心情を読んでくれたみたいで、おとうさんが頭頂部をナデナデしてくれる。
お母さんへの不満が薄らいでいき、1時間ぐらいこうしてずっと立っていたいという感情が湧き出る。
× × ×
「利比古は、大学のサークル活動が忙しいみたいだな」
ダイニングテーブルの椅子に座ったわたしの左隣のおとうさんが言う。
「女子の先輩に振り回されてるみたいなの。それでサークルに『日曜出勤』なの」
おとうさんはアハハ、と笑い、
「サザエさんがジャンケンするのに間に合わ無さそうだな」
「ここに来るのが19時より後になっちゃうかも」
「おれは、利比古の成長ぶりをジックリと味わうのも楽しみなんだけどな」
「息子なんだから当然よね。だけど……」
「お? なんだ」
「あの子がやって来るまでは、わたしを味わって」
「オイオイ、妙な言い回しじゃないか」
「ごめんね、妙な言い回しをして」
謝った後で、スーッと腰を浮かせていく。
それから、おとうさんの背後に立つ。
「なんだよー、愛。おれの背後からスキンシップってか?」
苦笑いしているのが顔が見られなくても解る。
「スキンシップとは違う。でも、スキンシップ要素が濃厚、かも……」
「肩叩きか」
「どうしてわかるの!? わたしがしてあげたいコト、全部わかっちゃってるの!?」
「おまえが娘だからだよ」
体温が1℃上昇してしまう。
「肩叩きの後で肩揉み。そしてそれからハンドマッサージ……。こういう手筈だったんだろ」
「う、うそっ。ホントに、全部把握してるなんて……!」
「こんな把握ぐらい序の口だ」
楽しそうに言うおとうさん。
さらに、
「ハンドマッサージの技術が向上してるんだろ」
「ど、どーゆういみ、かな」
「ふたり暮らしのマンションで、アツマくんに、しょっちゅうハンドマッサージをしてあげてるんだろー?」
「どうしてわかるの!? どうしてわかるの!?」
マズい。ヤバい。
おとうさん、わたしのしてるコト、なんでも知ってる。
おとうさんの推理がズバズバ的中してるせいで、少しも冷静になれなくなる……!!
「ほ……ほぐしたかったのに、おとうさんをほぐしたかったのに、ホグホグできなくなっちゃいそう」
苦し紛れのわたしの口から出てしまった弱気なセリフ。
「ゆっくり深呼吸するんだ、愛。そうすれば、いろいろ調(ととの)って、上手にホグホグするコトができるようになる」
アツマくんみたいなコトをおとうさんが言ってる……。
わたしの父とわたしの彼氏、以心伝心!?
× × ×
1時間以上おとうさんをホグしていた。
「疲れたろ。あっちのソファで休憩したらどーだ?」
促すおとうさん。
でも、
「休んでられないわ。体力もまだじゅうぶん残ってるし。もうすぐ、お母さんが買い出しから戻って来ると思う。お母さんが戻ったら、ゴハンの支度始める」
そう言って、おとうさんの向かい側の椅子にそれとなく掛けておいたエプロンを手に取り、
「おとうさんはくつろいでいてね。美味しいお料理を作るのも、今日のわたしの役目。父の日なんだから」
と、手早くエプロンを装着する。
エプロンを装着した数秒後に玄関の方から音がした。
お母さんが、お料理の材料の買い出しから帰ってきた。
大きい買い物バッグを手渡したお母さんは開口一番、
「手伝わなくても良いの? 少し不安だわ」
不安ってなによ。
わたしのお料理スキルを過小評価してるの?
「わたしは利比古とは違うのっ。全部ちゃんとできるんだから。ノーミスで、おとうさんのためにお料理作ってあげられるんだからっ」
「利比古を引き合いに出さなくたって」
まさに苦笑いという感じの苦笑いでお母さんは、
「『おとうさんのために』って言うけど、作るのは4人分でしょ? 『おとうさんのため』だけの夕食じゃ無いでしょ。気合いが入り過ぎてるのね」
渡された買い物バッグを持つ手にチカラが入り、
「食材を買ってきてくれたのには感謝する。ありがとう。でも、あんまりからかわないでほしいわ」
とギザギザと反発してしまい、
「お母さんはソファに座って読書でもしてて。わたしを手伝わないで」
と攻撃的に言ってしまう。
「わかったわよ」
お母さんは、キッチンの前から離れ、
「あ。ソファの前のテーブルにトマス・アクィナスの本が置いてある」
と、わたしが持ち込んでいたトマス・アクィナスを目ざとく発見し、
「愛、このトマス・アクィナスはあなたのね。さすがは哲学専攻の女子大学生ガールね」
『女子大学生ガール』ってなによ、いったい。
意味わかんないんですけど。
「あなたが夕食作ってる間に読ませてもらうわ」
「ちょちょちょっと!! 勝手に私物の本を読むだなんて、目に余るわよ!? お母さん」
「でも娘の所有物だから」
「『娘のモノは母のモノ』ってコト!? どこかで聞いた言い回しのごとく……」
「そうよ、それよ。お母さんはジャイアンだったのね」
「ねーねー、愛、知ってる? ジャイアンの声優、木村昴くんって子なんだけど、近頃すっごく色んな番組に出てて……」
「それぐらいの情報は吸収してるからっ!! わたしは浮き世離れでもなんでもないんだからっ!!」
お母さんがまとわり付いてくるせいで、お鍋にお湯も沸かせない……。
おとうさんは、互いのやり取りを、ひたすらニコニコしながら眺めているし……!!