髪が乾いた。
少し、ラフな格好で、ノートPCの前に座る。
PCの横に、コンビニで買ったコーヒー飲料を置く。
スタンバイ完了。
ビデオ通話を、立ち上げる。
× × ×
「おはよう、葉山」
画面の向こうの葉山むつみに、笑いかける。
『いい笑顔ね、小泉』
ほめられた!
「えへーっ」
『笑顔はいいけど……』
「えっ」
『もう少し、服の着かたを、なんとかしなさいよ』
「えっダメ?」
『雑よ。…ひとり暮らしのマンションの部屋で、ほかにだれも見ていないからって』
「きびしーなー、葉山は」
『…厳しすぎたかしら?』
「そんなことないけど」
『まあ……土曜日だし、そういう格好するのは、わからないでもないわ』
「――葉山は、ちゃんとしてるよね」
『服?』
「服。」
『べつに、ちゃんとしてないから。起きたのも、わりと遅かったし、そんなに身支度に時間かけてないし』
「――でも、立派だ」
『立派? なにが?』
「えへへへへ」
『こっ小泉、ふざけないで、ちゃんと答えてっ』
えへへのへ。
「ねー、葉山ー、」
『なによ』
「いつかさ、カラオケ行こうよ。いつか、でいいから」
『なんで』
「葉山のステキな歌声が、また、聴いてみたいんだよ」
ぶわっ、と葉山の顔が熱くなる。
『た、た、たしかに、歌の上手さには、自信あるけど』
「だよね~」
『……』
「歌も、ピアノも、羽田さんとどっちが上手いか、って感じだったよね」
『思い出話!? 羽田さんまで引き合いに出して』
「ほめてるんだよ」
『わかってるけど』
「そーだ! 羽田さんもカラオケに誘おうか」
『あのね。彼女には、彼女の都合もあって』
「……そっか。いろいろ、忙しそうだもんね」
……葉山の顔を、じっくりと眺める。
会話の途切れ。
『――小泉?』
「や、葉山は、ホント美人だわ~、って」
『なななにいいだすのっ』
「美人なんだけどさ、」
唖然の葉山に、
「羽田さんには……ほんのちょっとだけ、負けてるんだよね」
『……なにそれ』
「ま、偏差値だと、羽田さんが80で、葉山が77、ってぐらいの僅差だけど」
『……なにそれ』
呆れちゃってるな。
「ゴメン。バカみたいなこと、言っちゃって」
『小泉』
「ん~?」
『わたしはね――つい最近、偏差値85ぐらいの美人な女性と、出会っちゃったのよ』
「――そんなひと、いるの!?」
『世界は広いの。そして、横浜も広いの……』
横浜……。
ああ、葉山のバイト先か。
× × ×
きょう通話する相手は、葉山だけではなかった。
モニター画面に、偏差値80レベルのハンサム顔が、映っている。
利比古くん。
羽田さんの弟の利比古くんだ。
――きょうだいそろって、たまんないねえ。
『――小泉さん?』
「あっ、ごめんね。通話もう開始してたのに」
『小泉さんは、あんまりボーッとしていない印象だったんですが』
「おー、言うなー、利比古くんも」
『なにかあったんですか?』
「なにもないよ」
『ほんとうに?』
「あるとしたら……利比古くんと、利比古くんのお姉さんのせいだな」
『さ、サッパリ意味がわかりませんよっ』
「わかんなくてもいい」
『小泉さん、早く本題に入りましょう』
「うん。――でも、その前に」
『え』
「利比古くんさあ。もしかして、さ……」
溜(た)めを作る。
彼がうろたえ始めるのを見計らって、
「彼女でも、できた?」
コチコチに固まるハンサム少年。
たは~~っ。
「図星の確率95%超え」
『ど、どうして、どうしてそんなこと……!』
「利比古くん、」
『……』
「やっぱり、リアクションが、お姉さん譲りだよねぇ」
『どうしてわかるんですか……!』
「ほら! そんな反応が、まさに!!」
萎縮しつつも彼は、
『黙秘権を。黙秘権を、行使させてくださいっ』
「そうくるとおもった」
口を閉ざし、
なんでぼくの周りの女子は、揃いも揃って……とか言いたげな、顔つきに。
「――KHKの次回作番組、のことだったよね。本題」
『い、いきなり本題突入ッ!?』
「読書、をテーマにして、テレビ番組作る、と」
『あ、あんまりペースを乱さないでくださいよ』
「わたしのペースについてきて」
『ええ……』
「ついてこれなきゃ、番組、失敗しちゃうよ!?」
『無茶な』
「無茶じゃないっ」
と苦笑いで、ピシャリ。
「――本をテーマにしたテレビ番組は、民放にもNHKにも、過去にもあって」
『は、はい……』
「民放だと、20年ぐらい前に、『ほんパラ! 関口堂書店』って番組が、テレ朝でやってたりしたんだけど」
『はい』
「この、関口宏が司会の番組は、残念ながら、わたしは詳しくなくって」
『はい』
「アラサー世代ぐらいが、記憶にあるんじゃないかな――例えば、某・管理人さんだとか」
『……はい』
「利比古くん、相づちが、『はい』しかないの??」
『す、すみません。相づちのパターンが少ないって、よく言われるんです』
「だれに?? もしや、彼女さん???」
『ちがいます!!』
「うぉ」
「…やっぱり、この分野だと、NHKの『週刊ブックレビュー』だな、なんといっても。
ビデオが手もとにあるし、こんど、見せてあげるよ」
『それはありがたいです』
「亡くなった児玉清が、ずーっと司会してたんだよ」
『児玉清……アタック25……』
「まあ、『アタック』だよねえ。本業は俳優だったけど」
『小泉さん。
小泉さんも、アタック25の打ち切り、悲しくないですか??』
「もちろん悲しい」
『――やっぱり』
「あのね」
『?』
「わたし――女子校時代に、
体育館裏で、
『アタックチャンス!』のモノマネを、ひたすら練習してたんだ」
――途端に、悲愴な顔になる利比古くん。
……どうしたんだろう??