バイトから帰ってきた。
シャワーを浴びて、ゆとりのある服装になる。
ゆっくりとした足取りで、蜜柑の部屋のほうへ向かい、ドアを軽く2回ノックする。
『は~い』
「入るわよ、蜜柑」
『どうぞ~』
× × ×
……散らかってること。
「もう少し、なんとかならないわけ? あなたの部屋」
「そんなに気になりますか?」
「なるわよ。雑誌とか、床に散らかしすぎでしょ」
「あー」
「あー、とか、言わないのっ」
蜜柑が散らかしっぱなしの雑誌類を、テキパキと回収して、
「まったくもう……じぶんの部屋以外のところのお掃除は、ちゃんとするのに」
「『どうしてじぶんの部屋だけは散らかすのよ!?』と言いたいわけですね」
「そういうことよ。…どうしてなの? 蜜柑」
…蜜柑は、あさっての方向を見て、なにも言わない。
はぐらかすつもりね。
どこまでわたしをイラつかせるつもりなのかしら。
バイト終わりのわたしに、ストレスを溜め込ませる気!?
……。
こんなところで怒っても、エネルギーの無駄かも……。
徐々に思い直して、
「――まあいいわ。日曜の夕方だし、大目に見てあげる」
終始明るい表情の蜜柑は、
「やったあ☆」
「……ムカつくわね」
「! お嬢さまが、『ムカつく』って言った」
「言って悪い!?」
「いいえ~」
「……」
ふと、わたしが床から回収した雑誌のなかに、
漫画雑誌が混ざっていることに気づく。
「――あれっ。ひょっとして、お嬢さま、漫画雑誌が気になるのでは」
「べ、べつにっ、気になってなんかないわよ」
「――読みたいんでしょ。読みたいんですよね!?」
「どうしてそんなこと言うの!? 蜜柑」
「いつになく、テンパってる」
「違う」
「知ってますよ~、わたし」
「な、なにを」
「密かに……お嬢さまが、漫画に興味をお示しになってるってこと」
わたしは首を横に振りまくった。
「ふだん、文字ばっかりの本を読んでるから、逆に――」
「う、うるさいわね」
「――どうぞ、お読みください?」
手に持った漫画雑誌を読むことを、勧めてきているのだ。
好奇心が、抑えきれない。
漫画雑誌を持ったまま、蜜柑のベッドに座る。
おそるおそる、ページを開く……!
× × ×
「ものすごい読みっぷりでしたね。時間、忘れてましたよね」
事実だから、恥ずかしい。
「きょうは、お嬢さま……アカ子さんの、少女漫画初体験記念日ってことになりますか」
わたしは――、
黙って、蜜柑の頭を、読み切った漫画雑誌で殴打した。
× × ×
「アカ子さんらしくないですよ!! あんな暴力の振るいかたするなんて。タンコブできちゃうじゃないですか」
「できるわけないでしょ!! タンコブなんて」
…じぶんの部屋に引っ込んだわたしを、蜜柑が追いかけてきた。
謝ってほしいらしい。
「反省してくださいよ。ゴメン、って言ってくださいよぉ」
「やだ」
「そもそも、わたしを叩く必要も……」
「蜜柑……あなた、じぶんがなにを言ったか、言ったそばから忘れちゃうの?」
「……ぐぐ」
「責任、持ちなさいよね。もっと、じぶんの発言に」
「……はい」
しおれて、下を向く。
やっと、じぶんの発言の問題点を理解できたのかしら……と思っていたら、
ふたたび、ヌ~ッと顔を上げて、
意味不明な笑みをたたえつつ、
「ところで――お読みになった、感想は?」
「……はい!?」
「――ですから、あの漫画雑誌をお読みになった、感想は!?」
口ごもって、
「……べつに、なにもないわよ」
「そのりくつはおかしーですよ」
「……あのねぇ」
「なんにもないわけないじゃないですか、感想が」
「……ないったら、ないのっ」
「思いませんでした?? 近ごろの少女漫画は――『進んでる』のね、とか」
……たしかに。
たしかに……『進んでた』、のは、事実。
「ビックリしたんじゃないですか?? 『進んでて』」
問い詰める蜜柑、だったのだが、
わたしは、つとめて冷静さをキープし、
「――あのね、蜜柑」
「??」
「たしかに、『進んでる』描写も、あの少女漫画雑誌には、あったけれど」
「けれど、?」
「文学だって――負けてないのよ」
「と、言いますと」
「漫画よりも――もっと『進んでる』描写が、あるってこと」
「あらまぁあらまぁ」
心底気色悪いリアクションするのね。
「――お嬢さまも、『進んでる』んですねえ!!! 『そういう描写』をたくさん知ってる、ってことは!!!」
「ぶ、文学をナメるんじゃないわよ」
「お~~」
「そ、そう……文学は、ね、少女漫画なんか目じゃないぐらい、『進んでる』のよっ」
あれっ……なんだか、混乱してきちゃってる?
わたし、思ってもないことを……?
「教えてくださいよ。文学が、どれだけ漫画より『進んでる』のか」
そう言って、楽しそうに楽しそうに、蜜柑はわたしの本棚を見る……!!
「――いまは、教えてあげない」
やっとのことで気を落ち着かせて、わたしは答える。
「ええっ!? なんかアンフェアじゃないですか、わたしは少女漫画を読ませてあげたのに…」
「――そういう問題じゃないの、蜜柑」
「どういう問題なんですかっ、納得できませんっ」
「……この世の中にはね、『魔法の言葉』が、あるのよ」
「おっしゃる意味が――」
「コンプライアンスっていう、『魔法の言葉』があるの」
「――逃げましたね、いろんな意味で」