「きょうは勤労感謝の日だね、利比古くん」
斜(はす)向かいのソファに座る羽田さんの弟に言う。
「来年からはわたしも、勤労かー」
そう言いつつ、ソファに背中を委ねる。
利比古くんは、
「あの、小泉さん……。
言うのがずいぶん遅れちゃったんですけど。
その、
就職……おめでとうございます」
「ありがと~~!!」
わたしの喜びようが過剰だったからか、うろたえ始める彼。
うろたえさせっぱなしも良くないので、
「利比古くん。利比古くんが無事大学に合格したときは――わたし、盛大に祝ってあげるからね? 『おめでとうございます』って言ってくれたことへの、お・か・え・し」
…まだ、うろたえ。
ハイテンションすぎるわたしの悪いクセがまともに出ちゃってるかー。
なにも言わずに待ってあげる。
そうすると徐々に目線は上がっていって、徐々に正気に近づいていく。
それから、
「教師になられるっていうのは知ってましたけど。
『泉学園』、なんですよね」
と、うろたえを払拭した彼は言う。
「そーそー。利比古くんの桐原高校と長年交流があるとこ」
「泉学園の放送部、かなりの名門で――」
「さすがにそれは利比古くんの耳にも届いてるんだよね」
「放送系クラブの交流会に出たこともあるので」
「――わたしさ、言われちゃったんだ」
「もしかして――、『着任したら、放送部の顧問になってください』とか?」
「ビンゴだよ」
「それは――やり甲斐がありますね」
「あるね~~」
「頑張ってください」
「がんばるっ。もちろん部活の顧問だけじゃなくて、教科の指導も、生徒の指導も」
「いろいろ大変ですね。でもぼく、応援します」
ウムウム。
× × ×
「アカ子さんと青島さんが家庭教師役で来てくれるっていうし――受験勉強の指導は間に合ってるか」
「頼るひとが多すぎてもいけませんし、ね」
「いいこと言うね利比古くん」
「いいこと、言いましたか……?」
「言いましたとも」
「……」
この子はもう少し、自信をつけたほうがいいのかもなー。
…それはそうと。
「これからわたしが教えてあげようとしてるのは、受験のお勉強ではなくて」
「…ハイ」
「――それこそ、放送系クラブ的な活動のご指導、なわけだ」
教師になったら、放送部の顧問。
――予行演習か。
利比古くんを指導することが、部活指導の予行演習。
――そんな感じはたしかにある。
ある。
ある……とはいえ。
「――それはそれ、これはこれ、かな。」
「こ、小泉さん?!」
「ごめーん、ひとりごと」
ごめーん、のあとで、姿勢を少し正して、
「年を越して受験シーズンになる前に、スペシャルな番組を作りたいんだった…よね?」
彼はうなずいて、
「はいっ。それがぼくの、卒業制作です」
「偉いね、きみは。志(こころざし)は、どれだけ高くても高すぎるってことはない」
「ありがとうございます」
「それで、そのスペシャルな番組、内容的には――」
「やっぱり、紅白歌合戦がいいです」
「――うん。桐原高校版の、紅白歌合戦ってことだね」
「ぼくの所属がKHKなので――『KHK紅白歌合戦』ですね」
軽く説明すると、KHKとは「桐原放送協会」の略で、彼の先輩の女の子が放送部から離反して立ち上げたクラブのこと。
「ただ、KHKには現在、きみひとりだけ」
「なので、放送部に協力を求めます」
「求められるかな?」
「すでに、話はほとんどつけてます」
「おー、すごい」
「これぐらい……自分でやらないと。3年間なにをしてきたんだ……ってなってしまうので」
真顔で言う利比古くん。
「KHKって元は、放送部から離反して作られたんだよね?? 関係が良くなったんだね」
真顔を崩さず、
「それこそ……3年間かけて」
と、彼。
彼の真顔が、微笑ましいを完全に通り越して――頼もしい。
けど。
頼もしい、けど。
頼もしい、からこそ――ちょっかいを出してみたくなるもので。
「ねえねえねえ」
「?」
「放送部、女所帯(おんなじょたい)でしょ?」
「それは、まあ……」
「――きみの推しの子は、だれなワケよ」
「!??!」