「ごめんね。来てあげるのが遅くなって」
羽田さんに謝るわたし。
羽田さんは優しく、
「全然いいんですよー。遅くなんかないです」
と言ってくれる。
笑顔がキラキラしているみたいだ。
「八木を…連れてきてもよかったんだけど、用事が詰まってるみたいで」
「八木さん、忙しいんですね」
「忙しいみたい」
「伝言しておいてください……『わたしはしっかり回復に向かってます。いつでも来てください!!』って」
「そうするよ」
『しっかり回復に向かってる』っていうコトバに嘘は無さそうだ。
いちばん「落ちてた」時期の羽田さんの様子は知らない。
でも、いま眼の前にいる彼女は元気いっぱいで、『ぐんぐん上昇してます!!』ってアピールしているみたい。
くたびれている様子は見られない。
「……小泉さん?」
あ、ヤバい。
羽田さんを無言で眺めすぎちゃった。
取り繕って、
「と……整ってて、ステキだね。羽田さんの、髪……」
「髪!? 髪ですか!?」
「ツヤツヤで、キラキラで……。長さもちょうど良くて、羽田さんにマッチしてると思うよ」
「――どうもありがとうございます。
だけど…」
「えっ?」
「小泉さんの髪も――ステキですよ」
「マジでっ」
あはは、と笑って羽田さんは、
「ひとことで、オトナな感じ。」
と言ってくる。
どうコメントしていいか、見当もつかない。
そんなわたしに、
「――独り占めしたい感じ。オトナな小泉さんを。」
と、彼女は超インパクト発言。
「なので――わたしの部屋に移動して、ふたりきりで話しません??」
「羽田さんの……お部屋」
「ふたりきりで話して、それから――」
「それから……?」
「いっしょに寝ましょうよ~」
「い、いっしょに……とは」
「布団敷きますか? それとも、わたしのベッドでいっしょに――」
「そ、それは恥(は)ずいっ、お布団、お布団」
……やはり満面の笑みで、
「そんなに慌てなくたって。」
と……羽田さん。
× × ×
「だいぶ元気だよね……きょうの羽田さん」
「呆れちゃいました?」
「ううん?」
羽田さんのお部屋に入ったわけだ。
彼女のお部屋に入るのが初めてなら、このお邸(やしき)にお泊まりするのも初めて。
「たしかに、元気、出てきてはいるんですけど…」
苦笑いで、
「学業への復帰は、もう少し時間がかかるかな…って」
と言う彼女。
「焦らなくてもいいと思うよ」
本心でわたしは言うけれど、
「今年度の単位は…全部落としちゃうんですけどね」
と彼女は……。
ま、マズい。
触れちゃいけないとこに触れちゃったか。
「……」
わたしの目線は下向きになり、カラダがこわばる。
「小泉さん」
わたしを慰めるように、
「平気ですから、わたし。ダブっても、ちゃんと前を向き続けていける」
と、力強く言う彼女…。
…なんて頼もしいんだろうか。
「ごめん。羽田さんを慰めるべきなのに、わたしのほうが慰められるみたいになっちゃってる……」
さりげなく、羽田さんがわたしとの距離を詰めた。
「辛気くさくなるのは、イヤかな」
と羽田さん。
「先週、わたしのバースデーを、いろいろなひとに祝ってもらったんですけど。
いまは、わたしが小泉さんを祝うべきとき」
羽田さんが、わたしを、祝う。
それって。
「わたしが……教師になることが……正式に決まったことを?」
「そうです。
小泉さん。
――おめでとうございます!
夢が――叶ったんですよね!」
夢が叶った、って彼女は言った。
コドモのころからの夢ってわけじゃ、なかったけど。
それでも……夢、だったことには、変わりないのかな。
「小泉さん、『小泉先生』って呼ばれるようになるんですよね。
わたしも、『小泉先生』って呼んじゃおうかな」
あえてなにも言うことなく、羽田さんをまっすぐ見つめてみる。
見つめるのと同時並行で、なんとも言えない想いが、じーん……と込み上げてくる。
「ありがとう。
おめでとう、って言ってくれて。
それと、
夢が叶った、って……言ってくれて……」
× × ×
わたしの瞳は……潤んでいたんだろうか。