【愛の◯◯】図書館で、ドイツ文学コンビに出会って……

 

午前中ずっと、お邸(やしき)のハンモックで単行本の推理小説を読んでいる。

向こう側から流(ながる)さんがやって来た。

わたしは、流さんの顔を見て、

「話し掛けるのは少し待ってくださいね。今、推理小説の犯人が動機を語ってるので」

「わかった」

彼は、小さなテーブルの前の椅子に腰掛け、わたしが読み終えるのを待ってくれる。素敵。

ぱたん、と本を閉じたわたしは、

「読み終わったので喋っても良いですよ」

「愛ちゃんが――」

流さんは、

「推理作家の本を読むなんて、珍しいね。しかも、その作家はかなりの売れっ子じゃないか」

「ながるさぁーん」

「え、えっ?? その微笑みは、なに……」

「わたしが海外のガチガチの現代文学ばっかり読んでるとか思ってません? ハッキリ言います。誤解です」

うぅ……とうろたえる彼。

少し可哀想なんだけども、

推理小説やSFもわたしの守備範囲ですから」

と言ったら、彼は苦し紛れ(?)に、

「じゃあ、時代小説は?」

藤沢周平は読みます」

藤沢周平以外だったら……」

「それは自分で考えてください」

イジワルなわたし。

100年経っても直らない。

 

× × ×

 

わたしにタジタジの流さんを慰めようと、お昼ごはんを作ってあげた。

ところで今日は平日だけど、流さんは仕事を休んでいる。

『大学職員ってそんなにヒマなのかしら』

と思ったりしながら、ダイニングテーブルで2人でお昼ごはんを食べていた。

 

× × ×

 

マンションに戻るために、午後3時過ぎに電車に乗った。

マンションに帰る前に、某公立図書館に立ち寄り、午前中にハンモックで読んでいた推理小説を返却する。

新刊書コーナーに若い女の人が立っている。

彼女が手に取った岩波文庫のタイトルが見えてしまった。

マイナーな純文学だった。

この図書館でこういう読書傾向の人を見るのは珍しい。

珍しいけど、頼もしい。

貸し出しランキングは日本の流行作家で埋め尽くされているが、この人はそんなランキングとか気にも留めないんだろう。

彼女は何冊か本を抱えて貸出機へと向かっていく。

繰り返すようだが、頼もしくて、胸がジーンと熱くなった。

 

『この図書館、昭和期の文学全集が開架(かいか)されてるし、ちょっと漁ってみようかな?』

そう思い、歩を進めた。

そしたら。

良く見知っている男子学生と女子学生のコンビが、向こう側から……!

 

× × ×

 

脇本浩平くんと湯窪ゆずこちゃん。

どちらも、第一文学部の独文科である。

独文で同期の2人。

わたしはワクワクしながら、図書館の外のベンチで隣り合って座っているおふたりを、立って見下ろしている。

「こいつが『ドイツ文学の棚が見たい』って言うから、授業が終わった後で来たんだよ」

と脇本くん。

わたしは、

「あら。ドイツ文学なら、文学部キャンパスの図書館が充実してるのに。なぜ、公立図書館へ?」

「この近くにモスバーガーがあったからだよ、愛さん」

答えたのは湯窪ゆずこちゃんだった。

ゆずこちゃんは、

「図書館に行った後で、モスバーガーで脇本と夕食にするつもりだったの」

ほほー。

ほほーっ。

脇本くんと夕食って。

それって。

それってそれって。

「ずいぶんと仲睦まじいのね☆」

「な、仲睦まじいとかそういうのじゃ無くってね!? モスバーガー行きは、ゆずこがせがみまくるから、しふしぶ……」

かなりテンパりながら脇本くんが言った。

一方、ゆずこちゃんは、

「愛さんも、モスに来る? つきあってくれたら嬉しいよ」

と焦ることなく提案する。

優しい視線を、幾分小柄なゆずこちゃんに注いで、

「ごめんね、ゆずこちゃん。今日は、アツマくんに夕ごはんを作ってあげるコトになってるの」

「へぇーーーーーっ!!」

ゆずこちゃんのテンションが急激に上がった。

「何を作るの!? 何を」

「牛肉ピラフ」

「うわーーっ!! 美味しそう」

この娘(こ)、わたしのお料理の腕前、どこまで知ってたっけ。

「愛さんが『牛肉ピラフ』って言った瞬間に、わたしの味覚が刺激されちゃったよ」

そう続けるゆずこちゃん。

いやいや。

食べないと味覚は刺激されないでしょ。

まあ、こういう言い回しも、彼女の本領なんだし……と割り切っておく。

ゆずこちゃんは、はしゃぐように、

「聴いてよ聴いてよ愛さん! 脇本ね、一緒に古書店でバイトしてた女の子に、フラれちゃったんだって!」

へえぇ。

「おまえは誤解を招く表現ばかり使うんだな、ゆずこ」

脇本くんがツッコミを入れる。型通り。

「市井(いちい)さんは、バイトをもうすぐ辞める予定なだけ。『フラレちゃった』だとか、事実と反するぞ」

「でも、市井さんがバイトに来なくなったら、『それっきり』じゃん」

「あのなぁゆずこ。彼女にも彼女の描いた未来があるんだ。僕は、彼女の夢を後押しして、送り出すつもりなんだよ」

「市井さんがバイト辞めるまでに、『サシ飲み』とかしないの?」

「はあ!? なんだそれ」

「居酒屋の2人掛けのテーブルで向かい合って、互いの将来について熱く語り合うべきじゃない!?」

やはりたじろぐ脇本くん。

わたしには、とある『目論(もくろ)み』が芽生えていた。

だから、

「せっかくだから、わたしやゆずこちゃんも飲みに参加して、4人で将来のコトを語り合ってみない!? 絶対に楽しいと思う」

と案を出す。

「それ、とっても良い提案だね!!」

ゆずこちゃんがそう喜んで、

「脇本〜〜。女子3人にあんた1人の飲みになるよ?? こんな幸せ、どこ探しても存在しないと思うよ」

脇本くんは、疑問の込められた眼で、お隣のゆずこちゃんを見て、

「おまえって酒は強かったっけ」

「ふつう」

「ふーん」

脇本くんに対する呆れも混じった笑顔でゆずこちゃんは、

「大学の前期が終わるまでに、愛さんと生ビールのジョッキで乾杯してみたい!!」

と言うんだけど、

「ごめんなさい。わたし、炭酸の入った飲み物飲むと、我を忘れて『暴走』しちゃうから、ビールはNGなの」

「マジ!? すごい!! 特異体質!?!?」

わたしの体質に非常に関心を寄せ始めるゆずこちゃん。

元気がありありで、とっても宜しいコト……。