【愛の◯◯】大井町さんも心配だけど、ゆずこちゃんに感謝してみる

 

年の瀬。

2023年がやって来る足音。

 

× × ×

 

講義には出ないのだが、久々に生協で本が買いたくなって、文学部キャンパスまでやって来た。

 

四六判(しろくばん)の本を2冊購入し、生協を出る。

 

そしたら。

 

大井町さんみたいな女の子がベンチに座っているのを、目撃しちゃったのである。

いや、「みたいな」じゃない。あれは99%、大井町さん。

 

……どうしたんだろう?

 

なんだか、様子がいつもと違う。

大井町さんらしくない。

らしくないというのは。

大井町さん……ベンチでうつむきっぱなし。

いつもの通りジーンズを履いているんだけど……ジーンズの両膝に視線が落ちている感じ。

 

どうしたのかな。

 

落ち込んでるのかな?

 

落ち込んでるとしたら……驚き。

あんなに気丈(きじょう)な彼女なのに。

イヤなことでもあったのかしら?

あったとしたら、いつ、どこで、どんな……。

 

声をかけられる雰囲気じゃない。

声をかけてしまったら、もっとマズいことになりそうで。

 

サークル仲間として、ほっとけない……という気持ちは、あるけれど。

 

今の大井町さんは、デリケートな大井町さんなんだ。

 

繊細な状態なのなら、そっとしておくほうが……いいわよね。

彼女の場合は。

 

× × ×

 

結局そのまま、キャンパスから出てしまった。

次なる目的地は学生会館。

 

てくてく道を歩いて行く。

すると。

前方から、サークル仲間の脇本くん。

そしてそれからもう1人、わたしより背丈が低めの女の子が――脇本くんの横に。

湯窪(ゆくぼ)ゆずこさんだ。

脇本くんのドイツ文学専攻仲間の娘(こ)。

 

「脇本くんだ!」

「羽田さんだ。…キャンパスに来てたの?」

「そうよ。生協で本を買ったの」

「そうなんだ。僕らは、カフェテリアに行こうと思ってたところで――」

 

「羽田さん、久々~~!!

 おはよー!!!」

 

……いきなり物凄いテンションで、湯窪ゆずこさんがわたしに寄ってきた。

脇本くんを遮(さえぎ)って。

プライベートなゾーンなどお構いなしに、

ずっとキャンパスで見かけなかったけど、どうしてたの??

と訊いてくる、ゆずこさん。

 

もちろん、訊いてきた彼女には罪はない。

でも、例によって、不登校だった理由を言いあぐねてしまう。

 

「あ、あれ?? 羽田さん……」

 

「コラっ、ダメだろ、ゆずこ」

すかさず脇本くんがたしなめた。

わたしのことを分かってくれているがゆえの、たしなめ。

 

「――いいのよ。脇本くん」

穏和に言うわたし。

言ってから、ゆずこさんに眼を向けて、

「いろいろあったの。それで、なかなか大学(ここ)まで来られなくて」

 

「羽田さん……。」

 

把握、してくれたんだと思う。

把握したがゆえに、戸惑いフェイスになりかかっているけど。

 

「ゆずこさん。あなた、わたしのこと、気にしててくれたのね。

 ありがとう。」

優しさを込めて、わたしは気持ちを彼女に伝える。

 

「……。

 ……。

 

『ちゃん』付け、がいいかな。わたし。

『さん』より『ちゃん』のほうがいいよ」

 

まともに照れちゃった顔で、言うゆずこ『ちゃん』。

 

「……苦し紛れかよ。

 無神経なこと訊いたかと思いきや」

 

「そんなこと言うものじゃないわ、脇本くん。

 わたし今、感謝の気持ちでいっぱいになってる。

 責めないであげて、ゆずこちゃんを」

 

脇本くんまで、照れフェイスに。

 

脇本くんと、ゆずこちゃん。

2人揃って、照れちゃった。

 

× × ×

 

カフェテリアではなく、学生会館2階の食堂でお茶することにした。

 

この場所、昔は某・超有名ファーストフードチェーンが入店していたらしいが、競争の荒波に揉まれた結果、撤退したという。

で、今は食堂。

今でも……お世辞にも、流行っているとは言えないけど。

 

流行っていないということを裏返せば、ゆったりまったりできるということ。

 

セルフサービスのコーヒーを紙カップに注(つ)いで、席についた。

脇本くんは、缶入りのカフェオレ。

ゆずこちゃんは、缶入りのペプシコーラとショートケーキ。

 

炭酸厳禁なわたし。

ペプシコーラが飲めて、うらやましいわね…とか思っていたら、

 

「ごめんね、羽田さん」

 

と、ゆずこちゃんにいきなり謝られた。

目線が下に傾いている。

 

なにに対して「ごめんね」なのかは分かりきっていた。

だから……わたしは、元気づけるように、

 

「謝らなくてもいいわ。

 さっきも言ったけど、あなた、ずっと気にしてくれてたんだから。

 むしろ、わたしのほうが……謝りたいかも」

 

「え、えっ、なんで謝りたいの」

とゆずこちゃん。

 

……首をふるふる横に振り、

「ううん。

 やっぱり、謝るよりも。

 あらためて、ゆずこちゃんの労(いたわ)りに……ありがとうって言いたい」

 

親切な娘(こ)なんだと思う。

基本はハイテンション。

そしてさらに、内面には、優しいココロ。

 

「素敵ね」

 

そんなコトバが、わたしの口から出る。

ひとりでに。

 

「素敵!?」

 

驚きを口にするゆずこちゃん。

口にしたあとで、少し赤くなるゆずこちゃん。

 

赤くなる理由を理解しつつも、

「そうよ。素敵。あなたって」

 

は、は、はねださん

 

「――握られちゃったな、ペースを」

今度は脇本くんが、真横のゆずこちゃんを横目で見つつ言う。

 

「な、な、なにゆーの、わきもと。……にぎられてないし」

「嘘つけ」

「わ、わきもとの、いじわる!!

 いじわる男子っ!!!」

 

アハハ……。

 

ゆずこちゃんと脇本くんの2人、『様子を眺めてるだけで楽しいモード』に突入してきてる。

 

楽しい。

だから、わたしは、こんな指摘をするのだ。

 

ほんとーに仲がいいのねえ、あなたたち2人って♫

 

 

 

カフェオレを飲むどころではなくなった、脇本くん。

そして、ショートケーキどころではなくなった、ゆずこちゃん。