自転車に乗って某・公園まで向かった。
到着して広い敷地内をぶらぶら。
6月では貴重な晴れた日で、湿気のベタベタした感じもあまり無い。
ステキな日ね。
わたしは池のほとりまで来た。
そしたら、なんと!! 見知った男の子が木のベンチに座ってスケッチブックを持っていて……!!
× × ×
新田俊昭(にった としあき)くんだった。
わたくし羽田愛が幹事長を務めている『漫研ときどきソフトボールの会』の同級生会員。
漫画家志望の男の子。
公園の風景をスケッチして腕を磨いてるのね。偉いわ。
こちらから挨拶したら、彼はとっても驚いていた。
ベンチの左隣が空いていたから腰掛けたら、驚きに加えて緊張がプラスされたらしく、スケッチする手を止めて猫背気味になってしまった。
「続けたら良いのに、スケッチ」
柔らかく言うと、
「しゃ、しゃ、喋りながらだと、上手くスケッチできないから」
「そんなコトで漫画家としてやっていけるの?」
ギョッとする新田くん、だったんだが、
「冗談よ冗談。ゴメンね、イジワルなコト言っちゃって」
彼は、スケッチブックを一旦閉じ、池の方に視線を伸ばす。
わたしは、サークル幹事長として訊いておきたいコトがあったので、
「ねえねえ。シューカツはどうなってるのよ? あなた」
4年生ゆえに就職活動にも励んでいるはずなのだが、いまだに、『内定が出た!』という報告が聞けていない。
幹事長として当然心配している。
彼は少し沈黙してから、
「絶不調だよ」
「というコトは」
「内定、無い」
そっか。
そっかそっか。
「留年する? わたしみたいに」
「え、ええっ」
「就職留年ってコトバもあるでしょ」
「あるのは知ってるけど……俺は……」
「あのね? わたしの彼氏も就職活動の時、6月になっても内定無かったから苦しんでたのよ」
「アツマさんか」
「そ。でも、アツマくんも最終的にはなんとかなったから、あなたにも頑張って欲しいの。踏ん張って欲しいの。もう少しだけ、ね」
「……ありがとう」と、彼は、スケッチブックに視線を落としながら。
「だけど、就職留年って選択肢もアリよ?」
うろたえていく彼を横目に、
「『もう1年学べるドン!』よ。案外、そうした方が上手くいくかも」
「太◯の達人的なネタは……よしてくれ」
ふふ。
わたしってイジワル。
持って生まれたイジワルさ。
× × ×
新田くんが再び、スケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。
真剣そのものな眼つき。
本気を出すとこうなるのね。
サークル部屋だと、マンガやアニメにとっても詳しい『博士(はかせ)キャラ』ではあるんだけど、お喋りが先行して、自分の創作のために手を動かさないという印象も否定できなかった。
そうであるがゆえに、いつも彼の真向かいに座っている『某・女子』に、毎回のごとく叱られたりしていて。
わたしは、新田くんが鉛筆を動かす手を一旦止めたのを見計らって、視線を寄せて、
「ねえ、ちょっといい?」
「ん……。何かな」
「あなたは、サークル部屋では毎回のように、侑(ゆう)に叱られたりたしなめられたり詰(なじ)られたりしてるけど」
「大井町さんが、どうかしたの?」
「やっぱり、侑には負けたくないキモチもあるんでしょ、あなたは」
彼は、スケッチブックを再び閉じつつ、
「張り合ってるワケでは無いよ」
「ホント?」
「大井町さんが俺の先を行ってるのは事実だけど。創作活動に関しても、就職活動に関しても」
侑は絵本作家志望なのだ。だから、新田くんの目標と重なる部分がある。
侑には既に内定が出ていた。とあるレコード会社に入社するコトになっている。絵本作家という目標とは少しズレるけど、子ども向けのコンピレーションアルバムなども取り扱っている会社らしいから、接点が無いことも無い。
「彼女が俺よりも100倍キチンとしてるのは、分かってるさ」
「100倍は『盛り過ぎ』じゃない?」
「どーかな。言えるコトは、彼女は彼女、俺は俺、ってコトだよ」
「そういう心構えは偉いって思うんだけど」
新田くんの横顔を見据えながらわたしは、
「あの子、あなたの将来のコト、かなーり心配してるみたいよ?」
『そんなコトはあり得ない。あり得るワケが無い』、新田くんはそう思っていたらしい。
だから、深い衝撃を受けたみたい。
鉛筆を右手からポトッと落としてしまったのが証拠だった。
地面の鉛筆を慌てて拾おうとする。
慌て過ぎたがゆえに、スケッチブックまで注意が向かず、鉛筆を拾ったのとほぼ同時に、今度はスケッチブックがバサッ! と地に落ちてしまった。
鉛筆を拾うのと引き換えにしてスケッチブックを放り出してしまったというコト。
わたしは立ち上がり、彼の大切なスケッチブックを拾ってあげる。それから、汚れを払い、彼の前に立ち、スケッチブックを差し出してあげつつ、
「気を悪くしたらゴメンなんだけど……」
と言い、それからそれから、
「あなた、コッソリと、侑を描(か)いてたりするんじゃないの?」
「なななっ」
「肖像画の下書きみたいにして」
「そっそんなことない」
「否定するのが肯定の証拠」
「だ、断じてそんなコトは無いっ!! からかい過ぎだよ羽田さんっ、俺は彼女に対してそんな風な感情は……!!」
「そーよね♫」
彼に対して完全に優位に立っているわたしは、
「謝る。不埒なコト言って、ごめんなさい。お詫びに、欲しい飲み物と食べ物、なんでもおごってあげる。コンビニ、近くにあるから」