キョウくんから、LINEメッセージ。
『きょうのバイトも、体調に気をつけて、がんばってね!』
『ファイト!!』というスタンプ付きだった。
うれしい。
『うん、がんばるよ。
キョウくんがいるから、がんばれるんだよ。』
と返信した。
…こっ恥ずかしい文面になっちゃったかも。
× × ×
例によって、お客さんが帰ってしまって過疎る時間帯に、『彼女』が入り口ドアの鐘を鳴らして、入ってきた。
「八重ちゃんは?」
『彼女』――ポニーテールのお姉さんは、中身のビールが半分になったジョッキを置いて、わたしに尋ねてきた。
「八重子は都合で休みです」
面と向かい合うわたしは答える。
「じゃあ、葉山さん、あなたとマンツーマンだね」
…マンツーマン、って。
若干困惑していると、おじさんが、わたしの手もとにメロンソーダを運んできてくれた。
メロンソーダ効果で、少し気分が落ち着く。
「葉山さん、メロンソーダ好きなの?」
「あ、ハイ」
「彼氏とメロンソーダとどっちが好き?」
……びっくりして、メロンソーダのグラスを倒しそうになった。
「こ、こぼれるじゃないですかっ、せっかくのメロンソーダが」
「動揺しちゃったかあ」
「『動揺しちゃったかあ』、じゃないですよっ!」
「声がハイトーンになってる、葉山さん」
……。
「じょうだんで、じょうだんでいったんですよね」
「そうね。基本冗談」
わたしを……試してる、のかな?
『動揺してるから、図星なんだな』って――察知してるのかもしれないけど。
27、8歳ぐらいの、オトナのお姉さんだから、手ごわい。
あえて、言ってみる、
「……メロンソーダより、彼氏のほうが大好きに決まってるじゃないですか」
と。
「お? …ノッてきてくれた」
「ノリました。」
「いるんだ。」
「いますよ。」
「何年目?」
「――何年目とか、そういうのじゃ、なくてですね」
「だったら、どういうの?」
「――幼なじみなんです」
「おおぉ」
「おおぉ」じゃ、ないですからっ。
「うらやましい――わたしには、そんな子、いなかったから」
「幼なじみが?」
「幼なじみが。」
じゃあ――。
「じゃあ――、初恋とかも、なかった、と」
わたしが不意を突いたおかげで、
ポニーテールお姉さんは、いっしゅん固まる。
初々しさに染まった顔で、
「は、葉山さん、ドッキリさせないでよ」
と愚痴る。
「したんですね、ドッキリ」
「あなたを、舐めてた」
「メロンソーダよりは、甘くはありません」
そう、
メロンソーダよりは、甘くはない。
ビールの苦味なんて……知らない、わたしだけど。
不服げなポニーテール姉さんは、ちびちびとビールを飲む。
飲んでいって、時間をかけて、中ジョッキを空にする。
「ビール、おかわりしたいんじゃないですか?」
「とーぜん」
「なら、わたしがジョッキを――」
「やだ、あなたの助けは借りない」
「え」
「じぶんで、やる!」
彼女は、ほんとうに中ジョッキを自分自身でカウンターに持っていった。
そしておかわりビールをおじさんに注(つ)いでもらい、じぶんの『指定席』に戻ってきた。
ごくごくごくと、一気に3分の2ほどビールを飲んでいって、
いささか乱暴に、ジョッキをテーブルに置く。
「――経験が少ないんだよね」
フラストレーションを紛らわすような表情で、彼女は言う。
「――めぐり合わせが悪いの」
経験が少ない。
めぐり合わせが悪い。
つまりは、
「男運のなさを……嘆いてるんですね」
「……まあ、お察し、しちゃうよねえ」
ジョッキを持ちつつ、彼女は苦笑い。
「高校の同級生とかさぁ」
そう言ってから、ジョッキを飲み干し、
「続々と結婚したり、家族を作ったり、だし。
同じ部活だった子にしても、
部活内恋愛…とはちょっと違うかもしんないけど、
部活やってたときから既に、いい感じになり始めてて、
高3の夏あたりから、よりいっそういい雰囲気が増していって、
ふたりの進路は分かれたんだけど、
卒業間際には……苗字じゃなくて、名前で呼び合うようになったり、
進路は分かれたけど、関係は、別れるどころか、加速度的に進展したりで、
ふたりにとって、つらくてきびしいこともあったりだったみたいだけど、
そういうのも含めて、お互い社会に出てからも――くっついたり離れたりを、繰り返して、
そんな、『大恋愛』を――繰り広げた、あげく、」
「――結ばれたんですか? ふたりは」
わたしが訊くと、軽く笑って――、
「結ばれるよ――もうじき。」
おかわりビールを摂取した影響で、
あどけなさ混じりの笑顔。
頬杖をついて、
その弾みで、ポニーテールが、軽やかに揺れる。
祝福の笑い顔が、わたしの眼にうつる。
これだけ、部活の同級生の『大恋愛』を、語れるってことは、
案外に……ロマンチストなのかも。
でも、
『じぶん』は……どうなんだろう?
男運は嘆くけど、
踏み込んだ事情は、教えてはくれない。
経験の少なさ、めぐり合わせの悪さ。
そんななかでも……30年近く、生きてきたならば、
それなりに、出逢いと別れが……あったはずで。
だって、こんなに美人なんだもの。
美人、だけを『理由』にするのなんて――おかしい、っていうのは、承知の上。
それでも……。
……氷が溶けたメロンソーダを味わいながら、
彼女の美貌も、同時に味わっている。