【愛の◯◯】秘密のノートを相互カミングアウト

 

葉山の散らかった部屋を掃除してあげている。

 

「悪いわね、わざわざ」

ベッドに座って、苦笑いで言う葉山に、

「バイトに誘ってくれたんだから、そのお礼」

と返す。

 

そう。

わたくし八木八重子、

実は、葉山といっしょにバイトすることになったんである。

 

横浜の親戚のおじさんがやっている飲み屋さんでバイトすることに決めた、と葉山が言ってきて、

『八重子もいっしょにやらない?』

と誘われた。

 

条件は悪くなかった。

悪くなかったというか、報酬とか、願ってもなく良い条件。

難点は横浜がちょっと遠いぐらいだ。

接客業に苦手意識はないし。

 

むしろ、接客業で心配なのは葉山のほうで、

サポート役にならなければならない、という思いもあり、

葉山に対する気づかいからも――わたしは、バイトのお誘いに乗ってあげることにしたのだ。

 

 

「あんたのおじさんの飲み屋さんって――ビアバー、だっけか」

床に散乱する漫画本をさばきながら訊く。

「まあ、そういったたぐいのお店よ。そこそこ、オシャレな感じ」

「『そこそこ』、って……辛口な」

「おじさんに『そこそこオシャレだね』って言っても、たぶん怒らないと思う。…優しいひとだから」

「優しいおじさんがいてよかったね、葉山」

「うん……。きっと、八重子にもよくしてくれるよ」

「それはなにより」

 

「…八重子」

「どした?」

「バイト、いよいよ明日からだけど……どうぞよろしく」

 

…ふふっ。

 

「葉山、カラダがかたいから」

「……」

「緊張する必要、なくない?」

「それも、そうだけど」

「外の空気でも、吸ってきたら? カラダも気分もほぐれるよ」

「いやだ。暑いし」

「じゃあさ。ピアノ弾きなよ、ピアノ」

「ピアノ――」

「ピアノ弾いたら、いい具合にほぐれるんじゃない?」

 

× × ×

 

奥の部屋から小さく聞こえてくる葉山のピアノ演奏をBGMに、

整理整頓を続ける。

この掃除自体も、アルバイトみたいな感じもするけど――、

無報酬でいいや。

 

いいな、葉山――。

ピアノが弾けて。

玉にキズなのは――、

わけのわからない漫画本を、大量に所持していることぐらいだ。

特に、麻雀やギャンブルを題材にした漫画が目立つ。

フリー雀荘行ってんじゃないか疑惑。

桜井章一がどうとか、前に言ってた憶えあるし。

…ま、限度はわきまえてるか。

 

「…にしてもこの『天牌』って漫画、どんだけ揃えてんのよ」

ほかにも『凍牌』やら、『むこうぶち』やら。

こういった漫画を葉山みたいな女子が書店のレジに持っていくと、店員さんがビックリしちゃうんじゃなかろうか。

ネット通販って手段も――もちろんあるが。

 

やれやれ、となりながらも、散らかった漫画はあらかた片付けた。

葉山の混沌とした漫画棚を、しばらく眺める。

――もうほとんどキレイになってる、部屋。

 

葉山のピアノは止(や)む気配がないし、

手持ち無沙汰だな。

 

 

――葉山の勉強机を使わせてもらおう。

椅子に腰かけ、

じぶんのカバンから、ノート&筆記用具を取り出し、

ノートを、机に広げる。

 

 

× × ×

 

ノートに書き込むことに夢中になっていた。

そしたら、ピアノの音が止(や)んだことにも気づけなかった。

――いきなりドアが開く音がしたから、思わず、背筋が伸びる。

 

「そろそろ掃除終わった? 八重子。

 …あっ、すっごくキレイになってる。ありがと~。

 …時間が余っちゃったか」

 

わざとらしく、勉強机のわたしの手もとをのぞき込んでくる。

 

「お勉強?

 それとも、なにか秘密のノートを作っていたのかしら」

 

曖昧に……したくなくって、

 

「これ、創作ノート。

 葉山には、別に、隠さない」

 

「――そっか。」

 

「葉山……、

 わたし、小説が、書きたくなっちゃった。

 空想癖が、強くなってて。

 ……高校生の男女の青春群像劇、っていう、ありきたりなコンセプトを練ってる。

 テーマは、たぶん、音楽、とか」

 

「いろいろな動機が、重なったみたいね」

「……するどいな」

「八重子の構想が形になるの、楽しみ。

 にしてもすごいなー、思い立ったら即実践、なんじゃない」

「……それほどでも」

「わたしには小説執筆なんて、ムリ」

「断言しちゃうんだ。

 ……葉山のほうが、だんぜん文学少女なんだし、小説だってお茶の子さいさいとか……そんな認識だったけど」

「わたしに小説を書く気はないな。

 ただ……」

「え、なに」

「文学って、小説だけじゃないからね」

「……詩とか?」

「そう! …八重子、掃除のとき、なにかノートみたいなものを見つけなかった?」

「……見つけた」

「それがわたしのポエムノートよ」

 

ああ……。

そういうことか。

 

「たしかに――小説よりは詩、かもね、あんたは」

「さすが親友。見抜いてる」

「詩人なんだね、葉山」

「詩人の域にも達してない」

「謙遜しなくたっていいよ――わたし、葉山がどんな詩を書いてるか、読んでみたいよ」

 

すると葉山は、かわいらしいデコレーションのノートを棚から抜き取って、

「ご自由に」

とわたしに差し出した。

 

舐めるようにジックリと、葉山作の詩を読んでいくわたし……。

 

やがて、パタンとノートを閉じ、

 

「難解な部分もあったけど……ナンセンスだとか、そういうところもひっくるめて、葉山のオリジナリティが十二分に感じられた」

 

「あはは~。

 ホメられてるんだか、ホメられてないんだか」

 

「基本、ホメてるつもり、わたし」

 

「――甘口ね」

 

「粗探しや揚げ足取りは、しないけど――、

 ひとつだけ。

 ――『君にメロンソーダみたいな夏がやってくる』ってフレーズは、どうかと思うよ? わたし」

 

「エーッ、八重子はあそこが気に入らないの」

 

「…葉山、あんたは、メロンソーダを推しすぎ」

「だって、

 だって、好きなんだもん♫」

「知ってるから、メロンソーダ好きは」

「――だから、じぶんの詩にもついついメロンソーダが登場しちゃうのよ」

「――『メロンソーダ詩人』じゃん」

「まさに♫」