入浴で、日ごろの疲れを癒やしている。
きょうは、おねーさんといっしょ。
温泉みたいに大きなお風呂に、ふたり並んで浸かっている。
チラッとおねーさんのほうを見る。
ばっさり切って、短くなったおねーさんの髪。
それでも、まだわたしより少し長くて。
地毛の、鮮やかな栗色の髪が、濡れそぼっている。
濡れて、おねーさんの髪の栗色が、いっそう艷(つや)やかになる。
――洗練された雰囲気をかもし出している、と思った。
おねーさん、どんどんオトナに、なっていく――。
それが、単純に、頼もしいし、
オトナのおねーさんになっていくおねーさんは、いくら眺めても、眺め飽きない。
ツヤツヤした、濡れる髪……。
「どうしたの? あすかちゃん。わたしに見とれてるみたいに」
あ、気づかれた。
「――見とれてました」
「しょうがないな~~」
屈託ない笑い顔で、
「でも、いいよ」
「――いまのおねーさん、お湯に、溶け込んでるみたいで」
「え、なに、その比喩は」
「おねーさんとお湯に浸かってると、ますますあこがれちゃうんです」
「わたしに? お風呂入ってるからって、わたしはわたしだよ、変わんないよ」
「…変わりますよ」
「? どんなふうに?」
うまく表現できない…。
「まあ、あすかちゃんが『変わる』って言うのなら、変わるんだろうね」
「すみません、うまく表現しきれなくって。あこがれが、空回りで」
「あこがれが、空回り――か」
「はい……」
「あこがれられてる、っていう事実だけで、わたしはうれしいから。
空回りなんて、気にする必要ないよ」
「おねーさん……!」
水気を含んだ栗色の髪が――よりいっそう艷やかになる。
『さわってもいいですか?』とオネダリするのも憚(はばか)られるほど、綺麗な髪。
× × ×
おねーさんの部屋に来ている。
まだ、濡れが残っている、おねーさんの髪。
『艶(なま)めかしい』と――思ってしまった。
こんなに艶めかしいおねーさんを、お兄ちゃんや利比古くんには見せたくない……と、いうよりも、
正しく言えば、この部屋にいるあいだだけ、わたしの独り占めにしていたい。
手櫛(てぐし)で髪を撫(な)でつける仕草にも、
いちいち、ドキドキする。
…見入っていたら、ベッドに着座しているおねーさんが、
「あすかちゃん――ずっと、わたし見てるね」
あっ。
まずっ。
「見たいのなら、見飽きるまで見ればいいと思うけど」
そこでことばをいったん切り、
意味深な笑みをたたえて、
「『エロい』とか、思った? わたしの、お風呂上がりが」
ううぅ。
ピンチ。
「エロくてごめんね~」
「い、いえ、おねーさんに、ヘンなこと、思ってませんから」
ふふふ……と、髪の端っこをつまみながら、微笑(わら)うおねーさん。
余裕ありのありまくり……。
あーっ、
もうっ。
なんだか、
今夜のおねーさんの雰囲気にやられて、
甘えたく……なってきてしまった。
――自然と、おねーさんの足元に、わたしは行く。
黙って、見上げる。
…それから、少しして、
「おねーさんって、身長160.5センチ、でしたよね」
「…そうだけど?」
「飛び抜けて、背が高い、ってわけでもないのに――」
「?」
「からだのラインが、すごく綺麗」
「――えっ。」
「こういうこと言うの、初めてですっけ、わたし」
「――どうだったかなあ」
「やっぱり、わたし、スケベなのかも、今夜」
困っちゃうな……という、おねーさんの表情。
栗色の髪は、しだいに乾いていっている。
「スケベついでに、いいですか?」
「――あすかちゃん?」
「――抱きつかせてください。」
次の瞬間、
おねーさんの上半身に、飛びつき、背中に腕を回す。
ホントのホントに、独り占め。
…気づく。
おねーさんのカラダ……、
さわりごこち、すっごくいい。
「……なんでこんなに、肌ざわり、いいんだろ」
おねーさんは…ため息まじりで、
「しょーがないこと、言うんだから」
……わたしを受け止め続けてくれているおねーさんは、
「――甘えんぼうになる日もあるよね」
――わかってくれてる。
「さすがは、おねーさん。
わたしのこと、いちばんわかってる」
「……それはどうかな」
「……謙遜しないでよっ」
思わず、タメ口。
「だれがなんと言おうと、おねーさんは、わたしの最大の理解者」
そう言って、ますます体重をかける。
しかと抱きとめて、おねーさんは、
「……あすかちゃんの言うとおり、ってことに、しておくよ」
「……えへへっ」
思わず無邪気に、笑ってしまう。
クーラーの設定温度も、おねーさんの柔肌(やわはだ)の体温も、ちょうどよい。
「ワガママあすかちゃんの……発動ね」
「発動というより、発情かも」
「こらこら、そんなこと言い出したらダメよ」
「ときどき……甘えたくなるのを、こらえきれなくなるから。
今夜は……勢い余って、な感じがすごいけど」
「いちおう訊いておくけど――なにか、嫌なことでもあった?」
「ぜんぜんないです」
「じゃあ、純粋に、甘えたいだけか」
「いまのうちに――全力で、甘えておかなきゃ、って」
「そんなこと思ってるんだ」
「いまが――コドモでいられる、ギリギリのところだから。高校3年生で」
「高校3年生は――8割がた、オトナじゃない?」
「ツッコミ無用ですよ、おねーさんっ」
「悪い悪い。
――そうね。
わたしも、少し前まで、高3で。
学校の先生や、明日美子さんに対して、コドモっぽくなることもあった」
「――ほら。」
「大学生になったって――『モラトリアム』であることには、変わりないんだけど、ね」
「でも高校生のわたしのほうが『モラトリアム度』は強いんですから」
「モラトリアムの度合いを張り合ってどーするのよっ」
「……どーもしません」
「もぉ~っ、面白いんだからぁ、あすかちゃんはいちいち!」
「光栄です」
「笑っちゃうじゃあん」
「存分に爆笑してくれていいんですよ」
「存分に爆笑、って。あすかちゃぁ~ん!」
おねーさんは笑い続けるのをこらえきれない。
ツボにはまったんだ。
女子大生になっても……おねーさんの、笑いかたは、
あどけなくて、カワイイ。
あどけなくて、カワイくって……それでいてなおかつ、上品に笑うんだから、
おねーさんのそんなところは……心底、ズルい。
ズルい、からこそ――、
ますます、じゃれつきたくなってしまうんだ。