【愛の◯◯】流さんの左手とあすかちゃんの◯◯

 

しゃきりと起きた。

 

合格発表から、一夜明けた朝。

 

合格したんだな――わたし。

春から、大学生なんだ。

 

× × ×

 

 

流さんが、新聞を読んでいる。

 

きのうは、邸(いえ)のみんなに祝福されて、

流さんも、もちろん、「おめでとう」を言ってくれて。

 

新聞を読む流さんの近くに行き、

「なんだか――そうしてる流さん、お父さんみたいですね」

「えっ!? だれの」

「特定のだれかのお父さんじゃなくって、一般的な」

「??」

ふふ……とわたしは笑う。

 

「……愛ちゃんは元気だね」

「元気ですよ」

「元気だし、有言実行だ」

「なんですかー、それ」

「合格するって言って、合格したんだし……」

新聞から、顔をわたしのほうに移して、

「ぼくも、見習わないとね」

見習われちゃうのかー。

「がんばっていくよ、これから」

 

わたしは、ソファに座っている流さんの左隣に腰を下ろした。

 

「じゃあがんばってくださいね」

「んっ」

「そのリアクションは、いったい……」

不満の口調でわたしは言った。

でも、わざと。

「流さん」

「んっ?」

 

流さんの左手を、右手で握ってみる。

 

「ど…どうしたの、愛ちゃん」

「なんとなくです」

「心臓に…悪いよ」

「…この程度で心臓悪くしちゃダメですよっ」

 

すぐ満足して、すぐ右手を離した。

 

「すみませんでした、いきなり」

「……」

「大学に入ってからもわたし、有言実行でいきたいと思います」

「……」

 

× × ×

 

流さんの手首。

一度、触れてみたかっただけ。

 

流さんには、彼女さんがいて、

いまのわたしには、アツマくんがいる。

 

それだけ。

 

× × ×

 

ふらふらと邸(いえ)で木曜日を過ごしていたら、夕方になった。

あすかちゃんとの約束の時刻に間に合うように、わたしは自転車に乗って約束の場所へと向かっていった。

さいきん、自転車乗る機会、多いな。

 

× × ×

 

意外にも、わたしのほうが、はやく着いた。

 

「ごめんなさい、待たせちゃいました?」

制服姿のあすかちゃんが、やってくるなり言う。

「わたしがフライングしちゃったんだよ」

「――待ち切れなくて?」

「それも、ある」

「UFOキャッチャー解禁日ですもんね」

「ゲームセンター自体が、解禁日だよ」

 

 

『合格するまでゲームセンターに行かない』という戒(いまし)めを、わたしは守り通していた。

やっとゲームセンターの空気が吸える……。

この開放感。

爽快感。

 

「さっそくUFOキャッチャーしますか、おねーさん」

クレーンゲームというものは、入口付近にあるものだ。

だけど、

「先に、さ――プリクラ、撮(と)らない?」

「え、珍しいですね、おねーさんのほうから、『プリクラ撮ろう』なんて」

「たしかにね。

 でもさ、

 こんなに長い髪のわたしも――あと少し、だから。

 長い髪のわたしを、記念に写真に残しておきたくて」

「そっかあ――言ってましたよね、もうすぐ切っちゃうって」

「そう……近いうちに、サナさんに切ってもらおうと思う」

「名残惜しいな、おねーさんの長髪」

「限界まで、伸ばしちゃったから」

「素敵でしたよ」

「ありがとう」

「――自分でも、『素敵だ』って、思わないんですか?」

「それは――自意識が、強すぎるよ」

「素直に、自分の髪を、好きって思えばいいじゃないですか」

「……そういうもの?」

「長くても、短くても――おねーさんの髪は、わたしのあこがれ」

「そういうもの……?」

「――ほら、くっちゃべってないで、撮ると決めたら行きましょーよ」

「……そうだね」

 

 

あすかちゃんがあこがれてくれたわたしの髪を、無事プリクラにおさめた。

そっか。

そんなに素敵なのか、わたしの髪。

 

『わたし、髪もキレイだし』って、

今度、アツマくんに、言ってあげようかしら。

 

――若干浮いた気分で、UFOキャッチャーに投資した。

いくら投資したかは……秘密。

 

 

× × ×

 

 

で、邸(いえ)に帰って、ゲーセンの疲れを癒やすため、いっしょにお風呂に入っている。

 

「……ふぅ」

「お疲れですか? おねーさん」

「疲れたというより、肩の荷が下りた」

「あ~」

「いろいろと、展望が広がって……登山みたいね」

「頂上にたどり着いた、ってわけですか」

「そんな、達成感」

「山ガールになりますか? おねーさん」

「なにそれ、唐突」

「冗談、冗談」

「しょーがないんだから」

「えへへ……」

「……」

「おねーさん?」

「わたしも、唐突……なんだけどさ」

「はい……」

「応援してくれて、ホントにありがとう、あすかちゃん」

 

「……」

「……」

 

「――こんなときに、言わなくったって」

「お湯につかると言えることもあるのよ」

「入浴中は、わたしが照れるようなセリフは自重してくださいよ」

「のぼせちゃうか……。」

「……『ありがとう』って言ってくれるのは、『ありがとう』ですけど」

 

お湯で、あったまってきた、ついでに。

 

「――あすかちゃんってさ」

「はい?」

「言うまでもないけどさ――、

 胸、大きいよね」

 

照れ隠しで、

「どうしてそんなことゆーんですかっ」

「わたしはとうとう……Bカップのままだった。それにひきかえ……」

「おねーさんっ!」

悲鳴のような声だ。

「――これは初めて指摘するんだけど、」

「なにを?!」

「遺伝だよね? 正直」

「遺伝、って――お母さん――あ、あっ、」

「理解がすぐでうれしい」

「――」

「あったまっちゃったねえ」

「――バカ」