【愛の◯◯】いざとなるとおとうさんと素直におしゃべりできない

 

昼下がり。

わたしは――海の向こうの母と、ビデオ通話していた。

 

『元気そうね』

「そう?」

『受験から解放されて、上機嫌、って感じだわ、あなた』

「そうかも――たしかに」

『とにかく、無事受かって、こっちも安心してる』

「うん」

『安心してるし――、うれしくて、幸せな気分』

「幸せ、ねぇ……」

『お父さんも、喜びっぱなし』

 

おとうさん――!!

 

「……ひょっとして、おとうさん、そこにいるの?」

『いるけど……どうしたのよ、とたんに眼を輝かせて』

「あとで、おとうさんと、話せるよね!?」

『……一刻も早く、『代わってほしい』って勢いね』

「ち、違うよっ」

『顔に出てるじゃないの』

「んーっ……」

『しょーがない子ねぇ、愛は』

「……」

『お父さん子(ご)なんだから』

「…ごめん」

『あら、素直に認めてるみたい』

「……」

『――わかったわよ。あとでお父さん呼んであげるから』

「…はい」

『ところで――』

「なに?」

『相変わらず、長い髪ね』

「…勝手に伸ばして、ごめんなさい」

『謝らなくてもいいんだけど――、

 切らないの? そろそろ』

「――実はね。

 大学受かったら、切ろうって、前から思ってて。

 だから――もうすぐ、短くなる」

『やっぱり。

 そんなことだろうと思ってた』

「ほんとぉ??」

『ほんとよ。

 どこにいたって、娘の考えてることは、わかるのよ』

「それもちょっと、コワいかも……」

『あら~、お母さんこわがっちゃダメよ~、愛』

 

……負けそう。

 

そのあと、利比古の近況などについても話していたのだが、

いきなり母が、

『……それで、アツマくんとは、順調?』

と言ってきたから、ドッキリ。

 

『ちょっとー、なにか言ってよー』

「だって……」

『……最近、彼になにか、してあげたことは?』

「なによ、その質問……」

『いいから、答えなさいよ』

「……、

 カツ丼を……作ってあげた」

『あら。』

「……そんな顔しないでよっ」

 

× × ×

 

『――うまくいってるみたいね』

「……正直、これ以上、細かくは訊かれたくないけど」

『わかった、わかったからっ』

「……なんでそんなにお母さんがテンション高いの?」

 

『ま、大学でも、がんばりすぎない程度に、がんばるのよ』

「うん」

『あなたは突っ走りすぎるところがあるからね』

「うん……」

『ちからの入れどころと抜きどころ、そろそろ覚えるといいと思う』

「そうね……」

『そこんとこは、明日美子なんか、相当上手いから。明日美子に見習うといいと思うわよ』

「わかる」

『でしょ?』

「でも……やっぱり、ブレーキがきかなくなることも、あるのかも」

『頼るのよ、人に』

「……頼れるかな」

『不安?』

「うーん…」

『煮え切らないねぇ』

「……」

『手始めに、アツマくんに、なにかおねだりしてみたら?』

「あ、あのねえっ、お母さん!」

 

おねだり、って。

 

『こんなことしてほしいなー、とか、言ってみたらいいじゃない、彼に』

「……考えてみる。

 だから――、お母さん、」

『?』

「おとうさんと――早くしゃべらせて」

『ええ~っ』

「も、もう結構しゃべったでしょっ、お母さん」

『つれないわね』

「お母さんが……焦(じ)らすみたいに、するんだもん」

『反抗期?』

「違いますから」

『じゃあ、思春期か』

「なにいってんのよ……」

 

× × ×

 

そして!

とうとう!

おとうさんと、話せる時間が、やってきた!!

 

「おとうさん――あの、おはようっ!」

『おはよう、愛』

「わたし、元気だよ、おとうさん」

『わかるよ――声を聞けば。

 それに、顔色もいい』

「おとうさんだって、顔色いいじゃないの」

『お? わかるか』

「わたしのおとうさんだもん」

『ハハハ……変わらないな、愛は。

 そっちで、寂しくなることは、ないか?』

「おとうさんがいなくて?」

『お父さんとお母さんがいなくて、だよ』

「だいじょうぶ。おとうさんと撮った写真見たら、寂しさも吹き飛ぶ」

『――そういうところは、変わんないなあ、いつまでたっても』

「利比古も、いるんだし」

『そうだな。それにアツマくんもいる』

 

「……えっ」

 

『カツ丼を作ってあげたそうじゃないか』

「聞こえてたの……さっきの会話」

『カツ丼のくだりは、印象に残った』

 

恥ずかしさで――どうにもならなくなるわたし。

 

『おいおい、熱でも出ちゃったか?』

「――いじわる」

『あちゃー、愛に反抗されてしまった』

「ほ、ほんきでおこってるわけじゃないから」

『恥ずかしさを拭おうとして、つい言っちゃったんだろ』

「どうしてわかるの……」

『わかる、わかる』

「ごかいしないでおとうさん、はんこうきじゃ、ないんだから」

『イジワルで、ごめんなあ~』

「おとうさん……」

 

 

× × ×

 

「そんなところに突っ立ってどうしたー? 愛」

「アツマくん」

「ご両親と話してたんだろ?」

「アツマくん、

 わたし……、

 おとうさんと……いまいち、うまく、話せなくって。

 お母さんとは、あんがい、うまく、話せたのにっ」

「それが、悔しいのか?」

「悔しいの」

「――そんなときだってあるだろ。あんま抱えんな」

「――、

 そう言ってくれるの、素直にうれしい」

「――抱きかかえられちまった」

「寒いから、つい、ぎゅっとしたくて」

「ところかまわずだな」

「自分でも、そこはどうしようもないと思ってる」

「どうしようもないけど…、しょうがないってもんだろ」

「わかってくれるの?」

「――何年いっしょに住んでると思ってんだ」

 

 

「ねえ、アツマくん――おとうさんとの、ことなんだけど、」

「なんだよ、引きずるのはよくないぞ」

「わたし……おとうさんに対しては、いくつになっても思春期みたい」

「なんじゃあそりゃ!?」

「そんな思春期が……あったって、いいよね?」

「いいよねと言われても」

「アツマくんは――卒業した? 思春期」

「おれ、ハタチなんですけど」

「――そういえば、そうだったね」

「おい」