【愛の◯◯】よろこび記念日

 

いよいよ、愛の合格発表の時間がやってきた。

 

電話での合格発表。

愛は、スマホ片手にダイニングへ。

 

「ひとりで確かめたいの」とかなんとか、言っていたが。

べつに、リビングで、おれたちといっしょに確認してもよかったと思うのだが……。

 

ダイニングに消えていく愛を見送りながらも、

「わざわざ、ひとりにならなくったって……」

とおれが不平をこぼしたら、

「合格発表って――そういうものなのよ」

と、母さんに言われた。

 

母さんとふたりで、愛を待ち受ける。

なかなか戻らない。

気をもむ。

 

「あなたがそんなに緊張してどーすんのよ、アツマ」

「だってよ……母さん」

笑いながら、流し目でおれを見て、

「――アツマらしいけど」

と言う母さん。

「大切な女の子のことを、そこまで気にすることができるのも――才能よ」

「才能じゃないって。気にするのは、あたりまえ」

「気にしすぎて、震えてるけどね」

 

ぐぅっ……。

たしかに、母さんの指摘通り、落ち着かなくて、震えてきてる。

 

手のひらが、汗でじっとりとなるのを、感じた瞬間、

ようやく、愛が、おれと母さんの前に戻ってきた。

 

心臓がバクバク。

 

 

「ど、どうだったんだ」

おれは上(うわ)ずる声で訊いた。

 

小さく笑って、愛は、

 

 

「――受かってた」

 

 

 

 

声にならなかった。

きっと受かるって、信じてたけど。

それでも、声にならなかった、ことばにならなかった。

ホッとしたけど、それ以上に、おれはうれしかった。

 

愛がこっちに近づいてくる。

 

うれしくて、よろこびで抱きしめてやりたくって、

近づく愛を受け入れる体勢を作った。

 

ところが――、

 

真っ先に、愛が抱きついたのは――母さんだった。

 

「おめでとう――愛ちゃん。信じてたよ、わたし」

愛を優しく抱きとめながら、母さんは、優しい声で、包みこむ。

母さんの胸のなかで、涙まじりの声で、

ありがとう、ありがとう、明日美子さん……。

 わたし……明日美子さんのおかげで、ここまで来れた……。

 ダメになりそうなときも、いつも、明日美子さんが、この邸(いえ)にいてくれたから……。

 居候のわたしを、いつもいつも、大事にしてくれて……。

よしよし、と背中をなでながら、

「わたしひとりだけで、がんばったわけじゃ、ないんだけどな」

でもっ、明日美子さんが、いてくれなかったら、わたし……どうなってたか

「一生分、感謝されてるみたい」

なんど感謝したって……感謝しきれないですっ

「あらあら……」

 

母さんから愛が離れない。

困ったように笑いながら、母さんはおれに向かって、

「……弱ったな、アツマ」

「いいだろ……しばらく、ひっつかせてやれば」

 

……そうなるよな。

第一に、感謝すべき相手は、母さん……。

 

ま、

そんなもんだ。

 

感動的な情景だけど――、

ただ眺めてるだけってのも、ちょっぴし物足りない。

けれど、いまは、気が済むまで、母さんにひっつかせておこう。

おれだって、しみじみ余韻に、ひたりたい。

 

 

 

 

 

……愛が「受かってた」と言ってから、何分経ったかわからないぐらい、時間は過ぎていっていた。

 

「愛ちゃん、いま、『ありがとう』って言いたい相手は、もうひとりいるでしょ?」

そのことばを合図に、とうとう愛は顔を上げ、母さんからからだをほどいた。

「……ごめんなさい、取り乱しちゃって、わたし」

「謝っちゃイヤよ、愛ちゃん」

「……」

「大切なひとが、そこにもうひとり、いるじゃないの」

「……はい。」

「ね? アツマにも気持ち、伝えてあげよう?」

うなずく愛。

母さんはおだやかに、

「……合格!」

 

 

 

そして、おれと愛は、見つめ合った。

「……あのさ。

 遅まきながら……『おめでとう』って、おれは言いたい」

 

奇妙な口ぶりに、どうしてもなってしまう。

なってしまうものは、もう、仕方がない。

 

3秒後に、愛は、おれの胸に飛びついてきた。

 

大好きだよ。アツマくん

 

わかってるよ……。

 

愛からの『ありがとう』は、お預けになりそうな気配だけど。

『大好きだよ』だって――、

『ありがとう』に、勝るとも劣らない。

いいことばだ。

『ありがとう』より、うれしいまである。

 

だから……。

 

「合格だ、愛」

 

自然と、そう言うことができた。

 

 

ことば数(かず)は少なく、

お互い、抱き合うだけ。

 

包みこんで。

包みこまれて。

 

よろこびの体温を――、

確かめ合うだけ。