――どの色のリボンにしようかな。
いつもより少しだけ時間をかけて、リボンの色を選ぶ。
そしたら、茶々乃(ささの)ちゃんから電話がかかってきた。
『おはよう、姫ちゃん』
「おはよう、茶々乃ちゃん」
『えっと、きょう、ヒマ? ――土曜日だし、いっしょに街に繰り出して遊んでみたいなーとか、思ってたんだけどさ』
あちゃー。
「……ごめん、きょう、用事があるの」
『あー、そっかー』
「ほんとうに、ごめんね。またこんど、近いうちに、買い物とかしようね」
『当日になって急に電話かけたわたしも悪かったよ』
「ううん、ぜんぜん悪くない、茶々乃ちゃんは」
ちょっぴり、会話が途切れたかと思えば、
『――用事って、ヒミツ??』
と、茶々乃ちゃんが攻めてくる……。
「……うん。」
『プライベートとか、プライバシーに関わっちゃう?』
「……よく、わかったね」
『だって、姫ちゃんのことだもん』
…ニヤケぶりが伝わってくるような口調で、
『おたのしみなんだね』
と、茶々乃ちゃんは、茶化す…。
「ご、ごめんけど、わたし、身支度が済んでないんだ」
『姫ちゃん、身支度に人一倍時間かけるタイプだもんねっ』
「そ、そうなのよ」
『わかった……健闘をお祈りして、電話切る。
またね~~』
……お祈り電話?
なんだか、そんな感じになっちゃってた。
わたしが健闘する必要性はあんまりないとは思うけど。
――とりあえず、リボンを決める。
× × ×
『お笑い文化なんでも研究会』というサークルのお部屋に来ている。
テレビ画面に、落語を演じる模様が、映し出されている。
そう説明するのは、
『お笑い文化なんでも研究会』リーダーの、所水笑(ところ みずえ)さん。
「こんな番組、知りませんでした」
「NHKのEテレは、視(み)ない?」
「クラシック音楽関連とか、美術関連番組とかなら、ときどき観るんですけど…」
「そうなんだ」
所水笑さんは、楽しそうに、
「教養派だね」
「教養派…?」
「…深く考えなくてもいいよ」
「……」
「星崎さんの趣味を把握できて、おれとしては、うれしい」
……そんなに教養派な趣味かしら。
「『日本の話芸』はね、Eテレだと、日曜の14時台にやってる。…まあ、放映時間的には、マイナー番組であるのは否めないかなぁ」
「こんど……チェックしてみようと思います。こんどというか……あしたの日曜日」
「え、マジでか、星崎さん!!」
「わたしは、マジですよ…」
「それは願ってもないけど、なんでそんな、前向き?」
「…『教養派』、だからなんでしょうか。趣味の幅を、趣味の視野を、広げたくて」
「偉いんだねえ~~、星崎さんは」
「せっかく、大学生なんだし。いろんなところを見てみたいし」
「そういうことばを……待ってたよ」
「え!?」
「期待通りのことば、言ってくれた」
所水笑さんの思惑が、わかりにくい。
テレビで演じられている落語も、頭に入って来にくい。
「――終わっちゃった。番組」
「しゃべってるあいだに、落語家がしゃべり切っちゃったね」
「――それは、ダジャレ的なものですか?」
「そういうもの」
少し考えてから、わたしは、
「――あの」
「ん?」
「落語、なんですし。1回観ただけじゃ、わからないと思うんですよ」
「おお」
「ですから――所さんがおっしゃる通り、ふたりでしゃべってるあいだに、落語がしゃべり切られちゃって、噺(はなし)がイマイチよくわからなかったので、」
「リピート再生?」
「お願いできますか」
「できるよ。そうだよね。雑談しながらじゃなくって、落語に集中したかったよね」
所さんは、もう一度、同じ番組を再生してくれる。
黙ってふたりで噺(はなし)を聴いていた。
……うん。
よく、わかんないや。
古典芸能……ハードル、高い。
「……なんども観て、なんども聴いてれば、こういう古典芸能もわかってくるんですかね」
「なんども、か。
そのご様子だと……星崎さん、またここに来てくれるつもりになった?」
「それはなんともいえないです」
「が、がくっ」
……どうしよっかなあ。
落語は、難しいし、
所さん、口数が多いんだけど……、
口数の多い、所さんなんだけども、
不思議と、
しゃべっていて……楽しかったり、する。
× × ×
「次のときは、『オールザッツ漫才』のDVDを見せてあげるよ」
「なんですか? それは」
「関西のMBSテレビが年末にやってる特番なんだ」
「へえぇ……関西」
「お笑い文化で、上方文化(かみがたぶんか)のウェートは、やっぱし大きいからさ」
所さんの言っていることは、正直、よく汲み取れない。
だけど、
彼の、語り口は、ハツラツとしているし、
眼も、輝いているから、
ついつい、好感、を……持ってしまう、わたしがいる。
× × ×
所さんのサークル部屋を出て、
学生会館を出て、
駅に来て、
電車に乗って、
降りて…向かった先は。
『リュクサンブール』というお店の扉を、開ける。
喫茶店。
入ると、眼に飛び込んでくるのは――、
ウェイター姿の、戸部くん。
わたしの襲来によって、戸部くんは、口を半開きにして、うろたえ始める。
やがて、じぶんの仕事を思い出し、
入り口付近のわたしに歩み寄り、
「おひとりさまか? おひとりさまだよな??」
――見たらわかるじゃん。
「見たらわかるじゃん。はやくエスコートして」
「エスコートって、おまえなあっ」
「ツッコミ入れてるヒマないよん♫」
「……悪魔か。おまえは」
「言い過ぎっ」
「じゃあ、小悪魔で妥協しておく。とっととおれについてこい」
「それがお客さんへの態度!?」
…背中を向けたかと思えば、
「たしかに、な。お客さまは、神さまだ」
「…でしょっ」
「だがしかし、
まれに……神さまのなかに、小悪魔がいる」
「蹴るよっ!?」