おじさんのお店でのアルバイトも、だいぶ慣れた。
うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。
おじさんと、八重子が、見守ってくれてるから――大丈夫。
× × ×
ちょっとしたミスをして、八重子に叱られた。
「次からはしっかりしないと、だよ。葉山」
「わかった、八重子。叱ってくれて、ありがとう」
「こ、ここで感謝されると……わたし、照れるよっ」
「だってほんとうに感謝してるんだもの」
「わ、わたしが叱ったから……凹(へこ)んじゃうかもしれない、とか思ってたら」
「わたしそんなにヤワじゃないの」
「……そうですか」
「八重子が、わたしをちゃんと見てくれてることがわかって、叱られても、むしろ、うれしい」
照れてる、照れてる。
うつむきがちで、テレテレしちゃってる♫
入り口ドアの、鐘の音。
お客さん入店の合図だ。
「――行ってくるね。八重子」
「ちょちょっ、葉山っ」
「働くよ! わたし」
じぶんで言うのも……だけど、
わたし、頭がいいほうだから、
八重子に注意されたことは――簡単には、忘れない。
× × ×
「ふぅ。スキルアップできた感、がある」
「……なに? それ」
「八重子に注意されたことをこころに留(と)めて、学習。即、スキルアップ」
「ふぅん……」
「もっとノッてきてもいいのにー」
「はいはい」
「『はいはい』、じゃないよーっ」
「葉山……」
「ん~?」
「あんたが元気で、なによりだわ」
「でしょ~っ♫」
「歌でも歌いそうなテンションね」
歌!
「――知ってる八重子!? わたし、けっこう歌、上手いのよ」
「自画自賛モードですか、葉山さん」
「うん」
まったく……と言いたそうな顔をしながらも、
「知ってたから――あんたの歌唱力の高さぐらい」
「うそっ!!」
「ヘンな大声上げないっ」
「アッごめん」
…ホールは、もぬけのから状態。
まったくお客さんがやって来ず、開店休業に限りなく近い――そんな時間帯だ。
だから、雑務をしながら、こうしてふたり、雑談することもできる、というわけ。
「――高等部のときにさ、」
「八重子?」
「カラオケ行った記憶あるんだよね。わたしとあんたと小泉の3人で」
「うそっ!?」
「――葉山あんた、『うそっ』が口癖??」
「――そうともいう」
ハァ、とため息をついて、
「葉山は記憶してないわけ」
と訊いてくる八重子。
う~~ん、
「残念ながら――思い出せない」
「葉山、かしこいのに」
「記憶にないの……ごめんね」
「そのカラオケは――、
葉山の歌の上手さだけが、印象に残ってて」
「もっとなにか憶えてないの? 小泉がどうしようもない選曲してたとか」
「あんたの歌唱力の前では、小泉の影も薄かったってことよ」
――そんなこと、あったかな、ホントに。
――あったのかも、しれないな。
おじさんが戻ってきた。
「ごめんおじさん、お客さんぜんぜん来ないから、八重子とふたりだけの世界に入り込んでた」
「ふたりだけの世界って――あのねぇ、葉山」
「八重子とふたりきりだと、おしゃべりが止まらなくって」
あっはっは、とおじさんは笑う。
「すみません、マスター……捗(はかど)るのは、雑談ばっかりでした」
恐縮の八重子。
「ぜんぜんいいんだよ。ふたりだと、むつみちゃんも、さみしくならない」
そのとおり! おじさん。
「――あっ。そうだ」
?
八重子、どうしたのかな。
なにかに気づいたみたいに。
「『彼女』は――やってきますかね? 今夜」
あーっ。
なるほどなるほど。
「ポニーテールの、『彼女』かい?」
訊き返すおじさん。
「はい」
うなずきながら答える八重子。
「――どうかな。フタを開けてみないと、わかんないなあ」
思わず、
「フタを開ける、って。おじさぁん」
苦笑しながら、ツッコミを入れてしまうわたし。
「転職活動も立て込んできてるのかもしれないし――」
と、おじさんが言った瞬間。
入り口ドアの鐘が、カラカラカラン、と鳴った。
× × ×
今夜は、『彼女』のおとなりに、八重子が。
『彼女』の手には中ジョッキ。
八重子の手にも中ジョッキ。
飲み相手がいないのもさみしかろう…という、八重子の心配りだ。
…否、正確には、わたしと八重子とおじさん、3人がかりでの、心配りである。
わたしはアルコールNGだから、八重子が『彼女』に寄り添うようにして、飲んでいる。
中ジョッキをぐびぐび飲んでいくたび、『彼女』のポニーテールの角度が変わる。
ポニーテールに、眼を吸い寄せられているわたし。
ふと、思ってしまう。
『ポニーテールが、ほどけたら、いったい、どんな感じになるんだろう……』
……いや。
『どんな感じ』って、やらしい、わたし。
なに、年上のお姉さんのポニーテール絡みで、いやらしい妄想しちゃってるの、わたし。
よくないよくない……!
「――きょうは口数少ないね? 葉山さん」
あ、
ポニーテールお姉さんのご指摘をいただいてしまった。
よくない。
「わたしと八重(やえ)ちゃんばっかりしゃべってるよ」
わたしだけでなく八重子にもすっかり馴染んだ彼女。
いつの間にか、『八重ちゃん』と、気さくに呼ぶようになっていた。
……なのならば、わたしに対する呼びかたが、『葉山さん』で据え置きなのは、なにゆえ!?
「考えごと――、しちゃってて」
わたしは、釈明。
「だったら、あなたの歌唱力に関する話題も、聴こえてなかったみたいねぇ」
えっいつのまに。
思わずわたしは、八重子を凝視。
てへへ……と言わんばかりの顔。
こころなしか、ほっぺたに赤み。
もしや、生ビール効果で……饒舌(じょうぜつ)に??
いいんだけど。
いいんだけど、さあー。
「歌上手いんだってね~、葉山さん~」
「……」
謙遜のことばが思い当たらず、無言になっちゃう。
「音楽の成績、良かったんでしょ?」
「あ、はい……」
「葉山が成績良かったのは、音楽だけじゃないんですよ~」
「八重子っ!」
「うわぁ、葉山」
「いまの八重子、お調子者っ!!」
「えー、なんかマズいこと言ってるー?? あんたが優等生だってアピールしてんだから、べつに…」
「わ、た、し、が、恥ずかしいのっ」
八重子が飲み干してしまった中ジョッキを、手早く回収する。
「おじさーん」
カウンターに向かって呼びかけ、
「お冷や3人分」
「えええ、お冷やが早いよっ葉山」
「八重子、めっ!」
「怒らなくてもいいのにぃ」
「先制リーチ!」
「……へ」
「だから、先制リーチ!!」
「……マージャンとか、なんか関係ある??」
あるのっ。
わたしのなかでは。
「…よーやくノッてきた感じだねえ、葉山さんも」
「あっ、はい…」
相づちのわたしに、真っ正面から、微笑みかけてくる。
その、
ポニーテールらしからぬ、
とってもとっても麗(うるわ)しい微笑(びしょう)に――、
色っぽさすら、感じてしまい、
不本意にも、伏し目がちに……なってしまう。
「?? どしたの」
怪訝そうな彼女。
リアクションの不可解さも確かなので――とりあえず、目線を、上げなおす。
「――なんの話をしていたんでしたっけ」
「音楽の成績が、どーこーとか」
「――そうでしたね」
「葉山さん」
「は、はいっ、?」
「高校、5段階評価だった?」
「5段階、でしたが…」
「じゃあ、わたしんとことおんなじだ」
そう言ってから、クスッと笑い、
「ずっと『5』だったんでしょ、音楽」
「……」
「ね?」
「……はい。そうでした。
3年間、音楽は一貫して、『5』でした。
ついでに言うなら、中高一貫なので、中学時代も、一貫して、『5』……」
「なら、わたしとおんなじじゃーん!」
「ええっ!?」
「あっ意外!?」
「い、いがいというかなんといいますかっ、」
「中学高校、音楽はぜ~んぶ『5』!!」
…恐る恐る、
「もしかして、ピアノ、弾けたりとか……」
「すごいね、なんでわかったの?」
「――うそっ」
「うそじゃないよっ♫♫」