やったぜ。
きょうは、バイトのシフトが入ってない。
つまり、一日中、お休みだ。
自由だ、フリーダムだ~!
……というような認識は、あまりにも、甘かった。
リビングのソファでごろ寝していたときだった。
愛が、通りかかってきて、
「ねえちょっと、アツマくん」
「…?」
「こっち向いて」
…イヤな予感しかしねぇぞ。
「はい。こっち向けた。よくできました」
「愛よ。おまえ……なにを、たくらんでる」
「うふふ、うふふのふ」
「なんだよその気色悪いリアクションは」
「気色悪くないからー。
……あのね。
これから――、
わたしの生徒になってくれない? アツマくん」
× × ×
教科書やら参考書やらをワンサカ持ってきて、
テーブルの上にドバァッと広げる愛。
「おれになにさせる気なんだ」
「生徒役をやってよ」
「ってことは、おまえが、先生か?」
「そ。あなたには、高校時代に戻ったつもりでいてほしい」
「いったいどんなキッカケで…」
「ん~~」
「おっ、おい」
「キッカケ、教えてあげてもいいし、教えてあげないままも、それはそれでいい」
いつも以上に、意味わからん。
「せっかくのお休みだったのに、おまえに拘束されるのかよ」
「されてよ」
「大学生になっても、おまえはホント、ワガママだな……」
「まずは、日本史と世界史ね」
おれに向かって歴史を講義する愛。
悔しいが……愛の講義は丁寧で、わかりやすい。
学ぶ才能だけでなく、教える才能までも。
問題は、人格、か……。
「…どうかしら? ヤマト王権と、帝政以前のローマについて、よく理解できたかしら?」
「…わりと、よくわかった」
「なら、さっそく、『理解度の確認』ね」
「げ、テストかよ」
「わたしの口から問題を出します」
「クイズみたいだな」
「そうともいうわね」
「――合格ラインは?」
「10問中8問正解」
「き、きびしすぎる」
「正解が7問以下だったら……」
「だ、だったら?」
「あなたには、歴史だけでなく、古文の文法も勉強してもらうわ」
ああ……。
愛のせいで、がんじがらめだ。
× × ×
「なんで青息吐息なの? お兄ちゃん」
「あすか――帰ってたのか」
「とっくに」
「あのな……おれ、愛にスパルタ教育されてたんだ」
「へぇえ」
あすかは真っ黒な笑いで、
「面白いじゃん」
「お、面白がるなよ」
「でも、スパルタ教育って、どんな?」
「高校の歴史科目と、古文文法を復習させられた」
「なんで」
「それは教えてくれなかった」
「そうなんだ」
「……でよぉ。ひどいんだぜ。古文の助動詞を、ぜんぶ言えるようになるまで、叩き込まれて」
「あー、おねーさんなら、そのくらいやりそう」
「お、おまえは、愛が厳しすぎると思わんか!?」
「いいじゃん」
「いいって、おい」
「まさに――愛だよ。お兄ちゃんに対する」
「――それでうまいこと言ったつもりか」
「つもり」
× × ×
「お兄ちゃーん、ここで、音楽再生しても、いい?」
「べつに構わない」
「お」
「?」
「寛容だね。寛容レベルが、1上がった」
「なんだよ、寛容レベルって…」
「寛容ついでに」
「は」
「お兄ちゃんには、ちょっとわたしの趣味に、つきあってほしい」
「趣味につきあうってどういう意味だ」
いつの間にやら持ってきたPCをいじくって、
「Spotify使って、イントロクイズ」
「!? お、おうちでドレミファドン、かよ」
「……ドレミファドン??」
「……や、なんでもない」
「これからわたしが、とある洋楽のイントロを流します。
お兄ちゃんは、バンド名を答えて」
「……ああ」
「曲がりなりにも音楽鑑賞サークル所属なんだし、まー、余裕で正解できるでしょ」
そこはかとないプレッシャーだな。
「行くよ。流すよ」
「うむ」
流れ出すイントロのギターリフ。
このギターは、
このバンドは……!
「さあバンド名をお答えください」
「よし――、
「バカなのお兄ちゃん!?!?」
「え、え、そんなにトンチンカンだったか、おれの答え!?」
妹はムスーーーッとして……、
「ブラック・サバス」
「あ、あっ、まずったか」
「まずったねー、完璧に」
イラつき気味に、右手の人差し指で、テーブルをひたすら叩き続け、
「ツェッペリンとサバス、混同するレベルだったの!? お兄ちゃんの音楽知識」
「……ごめん」
「ごめんじゃすまされないよ。3年間も音楽鑑賞サークルにいて、なにを学んできたの」
「……すんません」
「イントロクイズ、続行」
「はい……」
こんどは……邦楽ロック。
これは、このバンド名は……わかるぞっ。
「サニーデイ・サービス。サニーデイ・サービスだな」
「バンド名だけじゃ正解じゃないよ」
「嘘だろ」
「本当。曲名も」
「……」
「曲名答えられたら、100円あげる」
「………………『東京』か?」
「おしい!! 50円」
妹よ……。
「『青春狂走曲』だよ。『東京』は、『青春狂走曲』が入ってるアルバム」
「あっ」
「――けど、いい線行ってた。50円だけ、見直した」
「――うれしそうだな」