【愛の◯◯】呼びかたを変えて口火は切られる

 

今週も、羽田センパイのお見舞いに来ている……のだが。

 

× × ×

 

「やっぱり、よそよそしさが抜けてないわね、あなたたち」

 

笑顔でやんわりとたしなめてくる羽田センパイ。

わたしだけをたしなめているわけではない。

隣にいる――板東なぎささんも、たしなめているのだ。

 

朗らかに笑いつつも、

「お互いの呼びかたを変えてみましょうよ、手始めに」

とセンパイは言ってくる。

 

「センパイ。それは、つまり……」

「わかるでしょ?

『板東さん』『川又さん』って呼び合うのは、たった今ここで卒業。

 川又さん。あなたは、なぎさちゃんを『なぎさちゃん』と呼びなさい」

「…命令形ですか。」

 

美しい微笑み顔でセンパイは、

「なぎさちゃんも、よ。あなたも、川又さんのことは、『ほのかちゃん』って呼ぶのよ」

と。

 

…釈然としない感じも、ある。

 

というのは、

「羽田センパイ……。そう言うセンパイは、わたしを苗字呼びするまま、なんですか?? 『ほのかちゃん』って呼んでくれたこと、ほとんど無かったですよね……」

 

ギクリ、としたのだろうか……センパイの表情が硬くなったように見える。

 

やや弱めの口ぶりで、

「じゃ、じゃあ、逆にあなたに言うんだけど……川又さん、あなたは、わたしのことを『愛センパイ』って呼ぶ気は、無いわけ!?」

 

……たしかにそうだ。

ずっと、羽田センパイは『羽田センパイ』で。

下の名前で呼んだこと、たぶんいちども無い。

 

「――センパイ。これは、ものすごく難しい問題だと思います。なので、早急に結論を出すのは、やめたほうがいいんじゃないでしょうか? センパイを混乱させてもいけないし」

 

× × ×

 

お邸(やしき)を同時に出たわたしと板東さんは――『スター』の名の付く某コーヒーチェーンに来ていた。

 

茶店のひとり娘であることに抗(あらが)えず、コーヒーのブレンド具合をシビアに吟味していたところに、

「ねえ。」

と、真向かいの板東さんが話しかけてきて、

「わたし、これからあなたのこと、『ほのかちゃん』って呼ぶから」

と言ってきた。

「…そう」

相づちを打ったら、

「愛さんの言うことなら、わたし、なんでも聴くんだから」

と言われ、

「――『なぎさ』、でいいよ、わたしのことも。以後、下の名前で。……これで、『おあいこ』になるでしょ?」

と言われたのだった。

 

カップを置いてからわたしは、

「じゃあ、『なぎさちゃん』って呼ぶ。」

と宣言。

「……よし。これで、『おあいこ』だね」

「そうだね。よろしく……なぎさちゃん」

「こちらこそ、ほのかちゃん」

 

× × ×

 

その後10分間、わたしとなぎさちゃんは、なにも喋らなかった。

 

× × ×

 

口火を切ったのは、なぎさちゃんのほう。

 

「――この前の日曜、わたし、彼氏とデートしたんだ」

 

「……へえ。そうなんだ」

 

「ほのかちゃんも――するんでしょ、デート」

 

「……えっ、なに、それ」

 

「しないの? わたしの後輩と」

 

『わたしの後輩』。

つまりは、なぎさちゃんの学校の後輩。

彼女が言っている人物は、つまり――。

 

いやちょっとまって。

ちょっとまってよっ。

 

「な……なんで、なぎさちゃんが、わたしが羽田利比古くんと◯◯なこと、知ってるのかなー??」

 

……冷たい眼で、

「知ってるから。とっくに」

と言う彼女。

 

そしてそれから、

「『わたしが羽田利比古くんと◯◯~』とか、曖昧な言いかたじゃない??」

と、キレ味鋭いことばを、投げてくる。

 

それからそれから、

「◯◯とかじゃなくってさあ。

 もっと、彼との関係、ハッキリさせといたほうがいいと思うよ。

 だって、彼は……」

 

「エッ、なにが言いたいの、なぎさちゃん……」

 

「――ほのかちゃん。

 あなただけが、彼を好き、だとか、

 そんな甘い考え、してない!?」

 

 

 

「…………な、なぎさちゃんっ」

 

「なによ」

 

「TPO、ってわかる、よね??

 だんだん、スタバでするような話じゃ、なくなって来てるよ……!」