都内某大型書店。
文庫本のフロアに来て、同行者の川又ほのかちゃんに、
「どこらへんが見たい?」
と訊く。
答えるほのかちゃん。
へーっ。
岩波文庫かあ。
すごいなーっ。
わたしは思わず、
「なんか、エリートっぽい」
という声を漏らしてしまう。
ほのかちゃんは眼を丸くして、
「エリートっぽいって……なに」
「ごめんごめん、ヘンなこと言って」
いちおう、謝るのだが、
「でもさ、実際エリートじゃん? ほのかちゃんって」
「それは、出身校的にってこと?」
「そだよ。だってさあ、ほのかちゃんが出た女子校より頭いい女子校、日本には存在しないじゃん」
「そ、それは誇張じゃない!? ちょっと大げさだよ、なぎさちゃん」
「ほのかちゃん」
「……なにかな」
「岩波文庫が、あなたを待ち構えてるよ」
「なぎさちゃん……」
× × ×
10分以上岩波文庫の棚を凝視している、エリートなほのかちゃん。
わたしをチラ見して、
「す、好きな棚に行ってもいいんだよ、なぎさちゃんは」
と言うけど、スルーして、
「古典の総合デパートみたいだね、岩波文庫って」
と、わたしは。
「総合デパート、か……。上手なたとえかた」
「ありがと。上手って言ってくれて」
不思議な沈黙が流れる。
不思議な沈黙が続くのを嫌って、わたしは、
「古典の西武百貨店、ってところか」
とボケる。
池袋なんだしねー。
× × ×
ほのかちゃんは岩波文庫を2冊買い、わたしは中華料理のレシピ本を1冊買って、某大型書店を出た。
× × ×
それから。
とある地下の喫茶店に、わたしたち2人は入店。
店内は絶妙な塩梅で薄暗く、緩やかに年代物のジャズが流れ、なおかつ閑散としている。
「こんなお店、知らなかった。よく知ってたね、なぎさちゃん」
「知らないのは当たり前でしょ。池袋がどんだけ都会だと思ってるの」
「わ、わたし、実家がカフェだから、この辺りで知ってるお店もけっこうあるの。だけど、このお店は、たぶんわたしの父も知らないよ。穴場中の穴場だと思う」
ほのかちゃんがそう言った直後に、マスターが自ら注文を取りに来る。
「穴場中の穴場」と言ってしまったので、顔を赤らめるほのかちゃん。
マスターはニッコリとしている。
オトナだな~。
× × ×
「ほのかちゃん」
「なに?」
「素っ頓狂な大声とか、出しちゃダメよ」
「い、いきなりなにそれ」
「TPO」
「……」
「素っ頓狂な大声さえ出さなかったら、いくらでも話し込めるんだから」
「……話し込めるって??」
ここで、珈琲が2つ運ばれてくる。
マスター自らのご提供。
ナイスタイミング。
ナイスタイミングなので、さり気なくマスターに微笑(わら)いかける。
× × ×
珈琲カップを静かに置いたほのかちゃん目がけて、
「ねえねえ、採点してよ、ここの珈琲の味」
「えっ」
「いいでしょ、マスターも怒らないよ。なんてったってあなた、喫茶店の血筋なんだから」
「血筋は、血筋だけど」
どこからともなくメモ紙を取り出すわたし。
ペンと共(とも)に、彼女に差し出す。
結局は受け取る彼女。
ペンを動かして、
「はい」
とメモ紙を渡してくれる。
『74点』
メモ紙にはそう書かれていた。
「これまた微妙な」
率直に言うわたし。
「なぎさちゃんは微妙だと思うかもしれないけど。わたしにだって、評価基準があるんだから」
「詳しく。」
「んん……」
「あるんでしょ?? 基準」
ほのかちゃんが困り始めてきた感じがしたから、
「――やっぱいいや、また今度。」
と諦める。
慈悲のあるわたし。
さて。
「なにから、話し始めてみようかなぁ」
「へ、ヘンな話題振らないでよね!? それこそ、TPOだよっ」
「まあね」
「『まあね』って……。なぎさちゃん」
思わず笑ってしまった。
ま、TPOは大事、ではある。
なので。
無難に、羽田愛さんの近況について、情報を交換してみよっか。
「――ほのかちゃん。あなたの尊敬する羽田愛さんも、だいぶ調子を取り戻したみたいで」
うなずいてから、
「そうだね。羽田センパイ、元の羽田センパイに、ほとんど戻ってきてる」
とほのかちゃん。
……さてさてさて。
なんとかキッカケをつかんで、羽田利比古くんのことについて、触れたいところではあるが。