【愛の◯◯】これまでに見たこともないほどの女性(ひと)

 

こんなに高い天井を見るのも初めてなら、こんなにフカフカのソファに座るのも初めてだ。

斜め右前には戸部あすかさんが座っている。

「――やっと、邸(ここ)に来てくれたね」

あすかさんは笑って、

「ようこそ、加賀くん」

 

× × ×

 

「悪いねえ。受験の合間を縫うような感じになって」

「べつに悪くない。むしろ、違う環境に来てみるのがリフレッシュになったりもするし」

「それは良かった」

ニコニコと、おれの1つ上の先輩女子は、

「わたし、幸運を祈ってるから」

「……あっそ」

「なにそれー。そんなリアクション良くないよー。幸運逃げてくよ?? わたしは本気で応援してるんだから、加賀くんの受験を」

いや。

ドヤ顔で「応援してる」とか、言わないでくれや。

ホントのホントに本気なのかよっ。

 

× × ×

 

やはり、スポーツ新聞部の近況報告をさせられた。

会津と日高と水谷が相変わらずであることを伝える。

本宮も部にすっかり馴染んでいることも伝える。

 

「次の部長どうするの、早く決めたほうがよくない?」

痛いところを突かれる。

「迷ってるんだよ。『加賀先輩が指名してください』って、2年生トリオから言われてるんだけど」

「2月中には答えを出さなきゃ」

心なしか前のめり体勢で言ってくるあすかさん。

困ってきてしまう。

「お、おれは……日高か水谷の……2択だと思ってて、」

困惑しつつ言っていると、

「あっ、『おねーさん』がやって来てくれたよ、加賀くん」

え?

『おねーさん』??

あすかさんの唐突なコトバにさらに戸惑うおれ。

そんなおれの背後に、人の気配がした。

振り向いた。

すると。

そこには。

これまでに見たこともないほどのキレイな女の人が、立っていた……。

 

× × ×

 

「あなたがあすかちゃんの後輩の加賀真裕(かが まさひろ)くんね!! はじめまして」

『おねーさん』すなわち羽田愛さんが、「はじめまして」を言ってくる。

顔がマトモに見られねえ。

「会いたかったわ。なんといっても、あすかちゃんの愛弟子(まなでし)なんだもの」

『会いたかったわ』という響きが、おれの心臓に食い込んでくる。

ドギマギとドキドキがミックスされる。

ヤバい。

『年上の女の人』という弱点を、こんなに恨んだことなんて、ありゃしねえ。

どうすればいいんだ。

マジ、なにも言うことができねえ。

「おねーさんおねーさん!! 加賀くんすっごく緊張してますよ!? 可愛いって思いません!?」

『可愛いってなんだよ』っていうツッコミすら、口に出すことができねえよっ。

苦し紛れに、あすかさんの顔を見る。

しかし、

「わたしの顔見てもしょーがないよね??」

と、あすかさんは容赦がない。

「まあまあ、あすかちゃん。せっかくお邸(やしき)を訪ねてきてくれてるんだから、もう少し優しくしたっていいじゃないの」

やんわりとあすかさんをたしなめたあとで、

「ねえ、加賀くん。コーヒーは飲めるかしら?」

と、羽田愛さんは。

おれは、愛さんの顔ではなく、あすかさんの顔を見ながら、

「……砂糖入りなら」

と答える。

今にも大爆笑しそうな表情のあすかさん。

ひでえよ。

 

× × ×

 

ダイニング・キッチンに歩いていく愛さん。

その後ろ姿すら……まぶしくて、直視できない。