3年生になった。
名実ともに、スポーツ新聞部の部長なわけだが、
加賀くんと2人では、新聞の制作も、ままならなくなるのが目に見えているので、
とにかく、新入生が、新入部員が、欲しい。
幸いなことに、すでに3人の新入生が、活動教室に見学に来てくれていた。
そして、きょうも。
教壇に立ち、
椅子に座っている3人の新入生に向かって、
「きょうも来てくれてありがとう」
と歓迎スマイルで言う。
「えーっと、単刀直入ですが……みんな、入部するつもりで来てくれてるんだよね?」
即座に、3人はうなずいてくれた。
「――よかった。加賀くんより100万倍やる気があって」
わたしのとなりにボケ~ッと立っていた加賀くんが、
「なんだよそれ」と不満をご表明。
「だってそうでしょ」
「100万倍とか言うこたーねーだろ」
構わず、
「先輩だとか、お構いなしに、みんなも加賀くんをビシビシ鍛えてあげてね」
「鍛えるってなんだよ、鍛えるって」
「加賀くんに遠慮はいらないから」
「おれの話聞けよ」
ちょっと――横道にそれちゃったな。
気を取り直して、
「じゃあ――、入部を希望した動機とか、教えてもらえないかな。きのうは、わたしが一方的に活動内容を説明して、終わっちゃった感じだし」
だれから、訊こうかな。
右に座ってる女の子――日高さんと、眼が合った。
それをいいことに、
「まず、日高さんから――お願いできる?」
「あたしからですか?」
「眼が合ったから」
「――いいですよ」
承諾して、日高比那(ひだか ひな)さんは、
「あたしは兄がここの卒業生なんです」
へぇー。
「で、兄が学校から持って帰ってくる校内スポーツ新聞を読ませてもらうのが、いつも楽しみで」
そういうことかー。
「日高さん、とくにどの欄が好きとか、あった?」
わたしが訊くと、
「あたしはテレビ欄と芸能欄が好きでした」
――中村さんが、担当してたところだ。
「でも、去年は、テレビ欄と芸能欄が縮小してしまって……ちょっと残念でした。テレビ欄とか、番組表の間違い多かったし」
「ごめんね、日高さん。それはね、一昨年(おととし)まで担当してた中村さんって人が、卒業しちゃったからなの」
「ああ……それは、致し方ありませんね」
そんなに、中村さんのテレビ欄と芸能欄が、好きだったのなら……。
「日高さん。あなたの手で、テレビ欄と芸能欄を復活させてみようよ!」
「あたしに……できるでしょうか?」
「満更でもない、って顔してるじゃん」
日高さんは、はにかんで、
「じゃあ……がんばってみます」
次は、真ん中に座ってる男の子。
メガネくんだ。
メガネかける男子、中村さん以来か。
もとい、
「会津くん。次は、あなたの番」
促すと、会津大地(あいづ だいち)くんは、なんの意味があってか、右の人差し指で、メガネのフレームを微調整してから、
「ボクはもともと、文章を書くことに興味があって」
そして、わたしの顔をまっすぐ見据(みす)えて、
「『作文オリンピック』銀メダルの戸部先輩に学ぼうと思って――この部活を選んだんです」
お~っ。
やっぱり、来たか~。
わたしの『作文オリンピック』銀メダル効果、あったみたい。
そうだよね。
『売り』になるよね、作文全国2位が部活にいるってことは。
他ならぬ、わたしのことだけど。
彼は――会津くんは、わたしを追ってきて、この部活までやってきたってことか。
「スポーツへの関心というよりは、文章が書きたくて、ここにやってきた、って感じかな?」
わたしは会津くんに訊く。
「そのとおりです」
会津くん、即答。
「……スポーツは、どう? お好き?」
会津くんのメガネが、キラッと光ったような気がした。
「す、好きなスポーツとか、あるかな」
若干たじろいで、わたしは尋ねるが、
会津くんは、無言のまま。
あ、あれっ?
「戸部先輩、わたしも先輩にあこがれて、この部活に来たんです!」
左の椅子に座る水谷さんが、たまらず、といった感じで、言ってきた。
水谷空(みずたに そら)さん。
もうひとりの、新入生の女子。
そうかー。
あこがれられちゃったかー。
「わたしも銀メダルの作文を読んで、感動して――」
感動、しちゃったかー。
うれし恥ずかし、だなー。
「お父さんを亡くされたことに対する想いを綴(つづ)るところなんか、目頭が熱くなりました」
――そっか。
わたしも、あそこは、人一倍気持ちを込めて、書いた。
気持ちを込めたのが――ちゃんと、読んだ人に伝わってるのが、実感できて、
水谷さんに、感謝したくなる。
「あすかさん」
唐突に、加賀くんが口を開いて、
「おれも……作文の、あの部分は、よかったと思うぜ」
意外。
そもそも、加賀くんが作文をちゃんと読んでいたこと自体が、意外。
そして、加賀くんが、あそこを評価してるのも、意外。
「加賀くん――案外、センチメンタル?」
「な、なに言いやがんだ」
あわててる。
「家族の絆、という面からいえば――」
こんどは会津くんが、作文の話に乗ってきて、
「ボク個人的には――お兄さんとのくだりが、とても印象に残りました」
えっ。
会津くんの『ツボ』は、そこなの。
「高校受験を、お兄さんの励ましで乗り越えられたとか、よくケンカするけれど、以前よりお兄さんに心を開けるようになったとか……書かれてましたよね」
「か、書いたけど……書いたけど、さ」
あいまいな口調になってしまうわたし。
会津くんはニコニコと、
「お兄さんを大切にされているんですね、先輩は」
顔が熱くなってきてしまった。
くすぐったいところを……さらに、くすぐられてしまった感じ。
「お兄さんって――アツマさん、ですよね?」
右から、日高さんが、ダメを押すように訊いてくる。
「そうだよ。……日高さん、お兄さん経由で、知ってるんだね」
「ですです。スポーツ万能で、ヒーローみたいな存在だったって」
「……あなたのお兄さんも、ずいぶん愚兄(ぐけい)を持ち上げるんだね」
「愚兄なんて言っちゃいけませんよ~」
「愚兄は愚兄なのっ!」
「――先輩の顔、言ってることと真逆みたいになってる」
「い、いじめないでっ日高さん」
「だってそうじゃないですか」
「……」
「わかります――自分の兄を、素直に認められない気持ち」
「……」
「あの、先輩……。『あすか先輩』ってお呼びしてもいいですか?」
「……ご自由に」