日高さんと水谷さんが、プロ野球について話している。
「またDeNA負けちゃったね」と水谷さん。
「監督が変わって、いまいちだよね。なにがいけないのかな?」と日高さん。
「ラミレスって、名将だったのかな……」と水谷さん。
「ラミちゃんはもう監督やらないのかな?」と日高さん。
「ヤクルト、とか?」
「そうそう」
笑いながら日高さんは水谷さんに答える。
「――中日は根尾くんががんばってたみたいだね」
DeNAを負かした側に話題を転じる日高さん。
「ナゴヤドームでのホームゲームなんだから、きょうは絶対勝ち越しておきたいよね、中日」
「もう『ナゴヤドーム』って言わないよ、水谷さん」
「ああ、『バンテリンドーム』ね、ごめん」
「謝る必要ない。
それと……水谷さんのこと、『ソラちゃん』って呼んでいいかな?」
「OKだよ。日高さんのことは、『ヒナちゃん』って呼ぶね」
「OKOK、ソラちゃん」
わたしは――ふたりのこと、どう呼ぼうか。
「中日といえば、さ――。
あたし、ひいきの球団とか、とくにないんだけどさ、
中日ドラゴンズファンって、12球団のなかでも、ひときわ『熱狂的』な気がする」
日高さんが独自の意見を言い始めた。
「というのも、中日ドラゴンズ信者みたいな人が、周囲に多くてさ、あたし」
「信者って、面白い言いかたするね、ヒナちゃん」
「なんというか、『一途(いちず)』なんだよ、ドラゴンズに」
あー、
言えてるかも。
「ヒナちゃん、それ、ピンとくる、わたしにも」
「でしょ!?」
「なんでなんだろうね? 星野とか落合とか、監督のキャラが立ってるイメージだけど…」
「そこは大きいよ、ソラちゃん。チームだけじゃなくて、監督の個性にも強烈に惹(ひ)かれてるんだと思う」
「でも、近年は……」
「与田監督だって、あれはあれでキャラ立ちしてない?」
「いい方向にキャラ立ちしてたらいいんだけどね」
水谷さんが苦笑。
にしても、
日高さんも水谷さんも、詳しいな。
これは負けてられないかも。
ところで――、
新入生女子ふたりがプロ野球トークするのを、傍(かたわ)らで椅子に座って、ひたすら眺めていた、ただひとりの新入生男子の、会津くん。
会話に加われなかったってことは――、
思い切って、声をかけるわたし。
こういう声かけが、部長の務めでもある。
「正直……」と会津くんは言いかけたが、
日高さん&水谷さんを気にしてか、口をつぐむ。
「ご、ごめんね、勝手に盛り上がっちゃって」
謝る日高さん。
「…知らないのなら、勉強してみるのもいいと思うよ」
いっぽう、水谷さんは、少し辛口だ。
会津くんはうつむきがちに、右手でメガネのフレームを微調整する。
ここは――部長として、ひとつ、手を打つか。
「会津くん?」
「…なんでしょう、戸部先輩?」
「取材に行こう」
「取材…ですか」
「いやだ?」
「――いいえ、ボク、先輩についていきます」
やった~。
加賀くんの、1億倍素直。
× × ×
「会津くんは、加賀くんと違って、すぐ言うことを聞いてくれるから、助かるよ」
「……ホメられてるんでしょうか? それは」
「ごめん、上から目線、入ってた」
会津くんと横並びで、歩く。
意外に、彼の身長が高めなことに気づく。
170センチ――超えてるよね。
並んで歩くと、カッコつかないや。
155センチの悲哀。
「あの……さっき、水谷さんが、『勉強してみたら?』みたいなこと、言ってましたけど」
「うん、言ってたね」
「スポーツを知ることも……『勉強』なんでしょうか? 戸部先輩は、どう思われますか?」
「わたしはそれも『勉強』だと思うよ」
わたしが即座に言ったから、会津くん、反応に困ってる。
「だって、なんでも『勉強』じゃないの? 中日ドラゴンズの歴代監督をおぼえることだって。もっとも、学校の試験には、なんにも役立たないけど」
「役に立たなくても、『勉強』、なんですか」
「……中日の監督暗記して、役に立つとしたら、東京中日スポーツの入社試験だね」
「……え?」
「まあそんなことはどうでもよくって、野球記録を調べてみるとか、楽しいよ。時間忘れるし。記録だったら、ネットにいくらでも転がってる」
「時間、忘れますか??」
「野球は記録面のウェイトが大きいから……」
「……はあ」
それはそうとして。
「もしかしてさ、会津くん、」
「?」
「女子と話すの……気おくれしたりしちゃう?」
日高さんと、水谷さんに、はさまれて。
「女子率60%じゃん……いま、ウチの部活。さっきみたいに、日高さんと水谷さんがひたすらしゃべってる前だと、シャイになっちゃうのかなー、とも、思ったり」
そう言って、わざとらしく、会津くんの顔を見た。
『シャイ』と言われたものの、会津くんは表情を崩さず、
彼のメガネも、曇るどころか、ピカピカに見える。
「――女子が苦手とかは、とくにありませんが」
意外。
「さっきは、単純に、野球の話題についていけなかっただけです」
「あ……そう」
『シャイ』なんて言ったの、まずかったかも。
そもそも『シャイ』って、ほとんど死語だし。
「……これから取材に向かう先は、サッカー部なんだけど」
「はい」
「わたしと同学年の、マネージャーの、大垣さんっていう娘(こ)に、話を聞くわけなんだけどね」
「はい」
「美人で有名な……3年生の女の子だけど、会津くん、そう言うんなら、彼女の前でも、テンパったりしないよね? たぶん」
「はい。――だって、こうやって戸部先輩と、普通に話してるじゃないですか、ボク」
「そ、それもそうか」
「むしろ――女子の先輩だからって、過度に緊張する要素なんて、ないと思うんですけど」
「要素――か」
会津くんを――誤解してたかもな。
知り合ったばっかりの、しょうがなさ、は、あるにしても。
「加賀くんは――例外なのか」
「加賀先輩が、どうかしたんですか?」
「だってね、加賀くんね、大垣さんの前に出させると、100%テンパっちゃうんだもん」
「もしや……『シャイ』、ですか」
「そうそう。そういうこと。きれいなお姉さんの前だと、とくにダメね」
「年上の異性への……苦手意識?」
「ちょっとズレるかな」
「ズレる、とは」
「年上の、美人な、女の子」
「あっ……。なるほど」
「わたしに対しては、素直じゃないだけ。
だけど、わたしより美人な子に対しては、もうどうしようもないぐらいのテンパり具合で――ヤになっちゃう」
「本音が透けてますよ……先輩……」
「するどいね~」