期末テスト前の、最後の部活。
加賀くんが、ついに仕事を任されるようになった。
藤井聡太七段の活躍をうけ、棋聖戦と王位戦の解説記事を書くことになったのだ。
まだ誤字脱字は多いけれど、将棋のことになると人が違ったようになるのか、驚くほど筆が冴え渡っている。
「やるじゃん、加賀くん」
「なにが? 先輩」
「適材適所ってこと」
「ああ…将棋の記事のことか」
「ほんとうに将棋が好きなんだね、キミは」
そう笑いかけてみたら、はにかみ屋なのか、すぐに目をそらした。
「ほら、加賀くんだって頑張ってるじゃないの。岡崎くんももっと頑張って」
「なにをどういうふうにだっ、桜子」
「自分で考えるのよ」
「そう言ったって……」
「加賀くんより頑張れないのは悔しいでしょ?」
「加賀に劣等感なんて持たねーよ」
劣等感、か。
「劣等感……」
「ど、どうした? あすかさん」
あ。
思わず声に出して言っていたらしく、岡崎さんに指摘された。
『おれはアツマさんに劣等感を抱いていた』と岡崎さんが告白したことを思い出したから、つい。
「お兄…岡崎さん、すみません、ひとりごとです」
――まだ、岡崎さんのことを、『お兄ちゃん』と言いかけるクセが、治らない。
止まらないしゃっくりみたいなものだ。
わだかまりは解けたけれど、
気持ちや関係の整理は、まだついていない。
抱きしめた暖かさが、まだ感触で残っていて、思わず胸に手を当てる。
「――そりゃどういう仕草だ、先輩」
わたしは小さく笑って、
「加賀くんのスケベ。」
「ば、ばっきゃろ」
ウブなんだから。
はにかみ屋さんなだけかも、しれないけど。
「言葉づかいが汚いぞまったく…」
「岡崎くん? 加賀くんあおってる場合なのあなた」
「桜子……」
「……え」
「いつにもましておれに突っかかってくるよな」
「それは岡崎くんの今後が心配だからよ」
「自分の心配もしろよ!!」
「えっ……」
「えっ……、じゃねーよ、まったく」
「岡崎くん……」
岡崎さんが、いきなり桜子さんを怒鳴りつけたので、その場のみんなが驚いている。
「…おれはちょっと体を動かしてくる」
「ちょっとまって、わたしなにかいけないこと言った!? 岡崎くん」
「るっせーな、なまった体動かしたら、アイデアも浮かんでくるかもしんねーだろうが」
そう言って、活動教室の扉に向かっていく、岡崎さん。
桜子さんはうろたえ気味に、
「それはそうだけど……怒ってる? 怒ってるよね? 怒らせちゃったなら…謝る」
「別に怒ってねえから!!」
そう叫んで、教室の扉をバン! と閉じて、岡崎さんは外に出ていってしまった。
おびえたように、うろたえるばかりで、
そのあと桜子さんは、部活終わりまで、ひとこともしゃべらなかった。
しゃべろうとしても、しゃべれなかったんだ。