【愛の◯◯】ノッてこない加賀くんとノッてきてくれる会津くん

 

「あすかさん、こんどの土日の合宿だけど、ほんとうにわたしが引率でついていかないでいいの?」

「だいじょーぶですよー、椛島先生」

「大丈夫なのかしら……」

「ヘッチャラですって。お邸(やしき)のみんなも、親切にしてくれるし」

「まぁ……あすかさんのおうちが、合宿場所なのは、安心かもしれないわね」

いささか、椛島先生はガッカリした様子で、

「さいきんわたし、存在感が薄かったし、もっと顧問らしく、部の活動に協力したかったんだけどな」

「今年度は椛島先生、空気ですよね」

「そうなの……。新入生3人の記念写真を撮っただけ程度の、存在感なの」

「もっとブログに出たいですか?」

「あからさまなメタ発言ね……あすかさん」

「毎日更新してるとはいえ、登場人物も際限ないみたく増えてますし」

「つまり……割を食ってるのね、わたしは」

 

「おーい、『割を食ってる』とか言ってる場合じゃないぜ、椛島先生」

加賀くんが、突然に声をかけてきた。

「加賀くん!? ――ど、どうしたの」

椛島先生はびっくりして言う。

「先生に、教えてほしいことがあるんだよ」

――椛島先生はびっくり仰天して、

「なにを……教えてほしいの」

「読めない漢字があるんだよ」

先生のほうに歩み寄り、手に持っていた本を見せる。将棋棋士が書いたエッセイらしい。

その漢字はこう読むのよ……と、加賀くんに教えてあげる先生だった。

「ありがとな、先生」

感謝の加賀くん。ちゃんと感謝できるなんて、そこはかとない『成長』を感じずにはいられない。もっとも、ぜんぶタメ口だけど。

「どういたしまして、だけど」

「ん?」

「次からは、きちんと敬語を使って、質問しましょうね」

「……ごめん、先生」

「そこは『ごめんなさい』、でしょう?」

「……ホントごめん、先生」

 

やれやれ。

 

× × ×

 

椛島先生が活動教室を出ていった。

「よかったね、加賀くん。先生に漢字の読みを教えてもらって」

黙りこくって、読んでいる本に眼を落としている加賀くん。

「敬語が使えれば、もっといいんだけどなー」

ムスッとした表情になる加賀くん。そんな彼に、畳みかけるように、

「合宿不参加じゃなかったら、もっともっといいんだけどな~~」

彼はピクリ、と反応して、

「……るせぇよ」

「キミは、かたくなに、イベントに交わるのを拒むよね」

「なにが言いたい」

「夏祭りも2年連続不参加。この前の文化祭だって、わたしたちのバンド演奏を観にくることもなく、後夜祭のフリーダンスで踊ることもなく」

「観なかったら悪いか。踊らなかったら悪いか」

「観ないも踊らないも自由だけど、わたしはガッカリだった。とくにフリーダンスは、楽しみにしてたのに」

「踊るとかアホらしいから、帰ったんだよ」

「もったいない。もったいないったらありゃしない」

「……なんなんだよ? その眼つきは。あやしいぞ」

「だって、加賀くん、ほんとのほんとにもったいないこと、しちゃったんだもん」

「……??」

「合宿に不参加も――もったいないの、極みだよ」

ふんっ、と横に眼をそらして、

「――ほっといてくれよ」

やれやれ。

 

「戸部先輩、加賀先輩を責めすぎですよー」

会津くんにたしなめられちゃった。

「加賀先輩の意向も、少しは尊重してあげたって」

「…それもそうね。少し。ほんの少しだけなら」

そう言ってから、どうしようもない加賀くんから、会津くんのほうに眼を転じて、

会津くんは、すぐに、『合宿、参加します』って言ってくれたから、うれしかった」

加賀くんとは真反対に、会津くんは合宿に乗り気だ。頼れる。

「土曜日を楽しみにしていてね。会津くん」

「戸部先輩」

「んっ?」

「合宿についての質問、よろしいでしょうか」

「いいよ。なんでも訊いて」

「――持ち物のことなんですけど。必要な持ち物は、ありますか?」

「ん~、筆記用具ぐらいかな。あとは、自由。なんでも持ってきちゃっていいよ」

「なんでもいいんですか――どうしようかなあ。遊び道具は、あったほうがよさそうですよね。たとえば、トランプだったり」

言うと思った。

けど、

「あいにく、遊び道具なら、お邸(やしき)にひと通り揃ってて。もちろん、トランプだってたくさんあるから、わざわざ持参する必要ないんだな」

「どんな遊び道具が、揃っていますか?」

わたしは世の中のありとあらゆるパーティーゲームを列挙した。

一気に驚愕する会津くん。事実を言ったまでなんだけど、驚愕するのは……致しかたないよねえ。

「す、すごいんですね……先輩のお宅って」

「すごいよ。じぶんで言うのも、アレだけど」

「娯楽施設のような……」

わたしは苦笑いで、

「そうだね。小規模なレジャー施設的な」

「……ボク」

「? どうしたのかな会津くん」

「戸部先輩が……」

「わたしが?」

「そんなにお嬢さまだったなんて、思ってませんでした」

「……会津くん、それは誤解だから。語弊あるから」