朝食後。
リビングのソファに座って、ミヤジに電話をかけようとしていた。
そしたらば。
向こうから利比古くんがやって来たから、超ドッキリ。
ヤバい。
利比古くんの居るところで、ミヤジに電話することなんか、できるわけがない。
反射的に、スマホを後ろに隠す。
ところで、わたしは、違和感。
というのは――平日のこの時間帯に、なぜ利比古くんが邸(いえ)に居るのか?? という疑問が湧いてきたのだ。
疑問なので、彼に向かって、
「利比古くん、なんで居るの。なんで学校に行ってないの」
と訊く。
すると彼はハンサムスマイルで、
「2月になったからですよ」
と。
「え?? 2月?? 2月になったのと、どういう因果関係が――」
「あすかさんも鈍(ニブ)いんですね」
にっ、鈍くない。鈍くないよっ。
利比古くんには特に、「鈍い」なんて言われたくないっ。
少しテンパっているわたしを尻目に、
「自由登校期間って、あるでしょう?」
と彼は。
あ。
「――ようやく、気づいてくれたみたいですね」
× × ×
自由登校期間。
利比古くんは高3だから、もう、登校してもしなくてもいい時期になったのだ。
まあ、登校しなくてもいいためには、受験勉強をするとか……そういう名目が必要なんだけど。
そっか。
彼の在宅時間が増えるってことなんだな。
わたしは自分の部屋に居る。
ミヤジとの通話はさきほど終わった。
ベッドに座り、今の状況を整理する。
おねーさんは、サークル活動で大学へ。
兄は、研修で就職先へ。
流さんは、もちろんお仕事。
お母さんは、もちろん寝室でゴロ~ンとしているはず。
ほとんど利比古くんとふたりっきりなシチュエーションってことじゃん。
参ったな。
わたし、でっかいテレビが置いてある階下(した)の某スペースに、CDと漫画本を「置きっぱ」にしてるんだけど。
回収したいんだけどなー。
回収するためには、階下に下りなきゃ。
だけども。
階下のあのスペースには、利比古くんが居るかもしれないから……イマイチ落ち着けなくなる。
× × ×
ほら。
ビンゴだ。
床座りの利比古くんが、長(なが)テーブルに向かって勉強している。
そしてその傍らのソファには、わたしが回収すべきCDと漫画本が置いてあるのである。
「あっ、あすかさん」
利比古くんが気づいた。
「ちょうど良かった」
ええっ。
なにが、なにがちょうど良かったの。
「漢字の読みを教えてほしいんですけど」
そう言って、彼は国語の問題集を見せてくる。
知っていたので、読みを教えてあげる。
「ありがとうございます」
またもや、ハンサムスマイル。
ハンサムスマイルのあとで、再び受験勉強に取り掛かっていく。
わたしはそんな彼を、ソファに腰掛けながら眺める。
いつになくマジメだと思った。
だから、その場に留まっていた。
受験のために頑張る彼を、見守っていたかった。
……大げさかな。
見守っていたかった、なんて。
でも。
わたしはわたしの『お姉さんゴコロ』を……否定できなくって。
× × ×
シャープペンを置くのを見計らって、
「利比古くん、今週末、入試があるんだったよね?」
と訊く。
「ありますよー」
「第一志望?」
「ですねー」
いきなり第一志望なんだ。
なんか、わたしのほうが……プレッシャー……だな。
目線を下げて、押し黙ってしまっていると、
「どうしました? あすかさん」
と言われてしまったので、
「ど、どーもしてないよー。利比古くんの受験にわたしまでプレッシャー感じてるなんて、そーゆーことは一切ないから……」
と、事実の反対を、言ってしまう。
彼は落ち着き払って、
「あすかさん」
「な、なーに!?」
「頑張りましょうね。お互い」
え……。
「と、利比古くんが頑張るのは、当然だけどさ。わたしは、わたしはどんなことを、頑張れば――」
「そうですねえ」
微笑んで、20秒ぐらい考えたあとで、彼は、
「思ってることを、思ってるように、伝えること。
そういうことを、頑張ってほしいかな」