気づいたらわたしの学校の文化祭が迫っていた。
今週いっぱい、準備期間で大騒ぎだ。
文化祭週間? ってやつ。
だけどーー、
『羽田さん、くたびれてるみたいだから、無理しなくていいよ』
クラスメイトに、こう言われちゃった。
くたびれてるのが、クラスの子にも、はっきり分かっちゃってるみたい。
「き、協力するよ、わたし、
サボっちゃだめでしょ!?
ね?w」
『ーーサボらなきゃダメだと思う、いまの羽田さんは』
「どうしてわかるの……」
『どうしてかな?w』
「理由なんていらないわよ、愛ちゃん。」
「アカちゃん…」
「8倍……じゃなかった、10倍がんばるから、わたしが」
「そんな、わたしのぶんまで」
「いいのよ、愛ちゃんのぶんもがんばってあげる♫」
「でもわたしーーなにもしないの、イヤよ」
「イ・ヤ・で・も・休むのっ!」
「…アカちゃん……」
「わかったかしら?
わかったら、指切りげんまん」
「ウソついたら?」
「ハリセンでおしおきよ」
「(・・;)え……」
「じょうだんじょうだん!!wwwww
でもーー、
(神妙に)気の抜き方も、もう少し覚えたほうがいいわよ。
長年愛ちゃんを見てきてるんだから、わたしは」
「(・・;)アカちゃん…」
なぜだか、
ほかのクラスメイトが、
あたたかい眼差しで、
わたしとアカちゃんのやり取りを、見つめている気がする。
× × ×
そんなこんなで、『サボれ!』という命令がわたしに下ったわけで。
放課後になり、
出店や出し物の準備をしている生徒たちのあいだをかき分け、
喧騒から離れ、
わたしは静かな木陰のベンチに腰を落ち着け、
おもむろにポケットから岩波文庫(赤)を取り出す。
ーー、
青年になったトニオは、故郷に帰ってきたが、実家は図書館になっていた。
『コペンハアゲン』に向かって、故郷の宿を出ようとするトニオ。しかしホテルの支配人ゼエハアゼ氏と、一人の警官が、彼を待ち構えていたーー。
木陰のベンチに座り、
『民衆図書館』に変わり果てたトニオの実家の描写を、ゆっくりゆっくり、舐(な)めるように読む。
ゆっくりゆっくりとわたしは実吉訳トオマス・マンの文体を噛み締めて、ようやくトニオがおまわりさんに奇妙な尋問を受ける場面までたどり着く。
まるで、『民衆図書館』に、トニオといっしょにわたしがいるみたいに。
まるで、ホテルで、トニオといっしょに、いけ好(す)かないおまわりさんと対峙(たいじ)しているみたいに。
わたしは、岩波文庫のなかに、トオマス・マンの創りだす小宇宙のなかに、さながら潜り込んでいる。
「ーーな~んちゃって、
うまく表現できないな、
じぶんの読書なのに。
まだまだだ。
わたしの文学体験ーー」
『なーにカッコつけて語ってんのよっ』
「ひゃっ!! さ、さ、さやか、ビックリするじゃないの!!」
「…愛は、『トニオ・クレエゲル』、いかにも好きそうだと思った」
「あたりw」
「トニオが好きなの?」
「あのね、『トニオ・クレエゲル』だと、冒頭の、トニオ君とハンス君が戯(たわむ)れてるところが一番好きで、岩波文庫の最初から26ページぐらいまでの部分は、もう繰り返し何度も読んでる」
「(;^_^)……そっか」
「ハンス・カストルプ君も好きよ」
「(;^_^)…『魔の山』だよね」
「そう、ハンス・カストルプ君とヨーアヒム君の絡(から)みも好き。
『魔の山』、読書体力が足りないから、もう2年くらい読み返してないけど」
「(;^_^)…さすがだね、愛は」
「えっ!? どうして?」