若松ハナさんに部長職を引き継いだ。
いよいよ放送部も新体制。
引き継ぎをここまで延ばしてしまって申し訳ない……という気持ちは正直ある。
あるけれども、これからはひたすら、下級生の子たちが前に向かっていくのを後押しするだけ。
放送部を運営していく役目を下級生に譲ったわたしとヨーコは、放送部室ではなく、じぶんたちのクラスの教室で、放課後のおしゃべりをしていた。
言わば『ダベり』である。
もっともわたしは、『ダベり』みたいな俗なことばを、ふだん使うことは無いんだけれど。
「――それでも、この状況を言い表すのに、『ダベってる』っていうことばはピッタリと当てはまるんでしょうね」
「!? いきなりなに言い出してんの、亜弥」
「ごめんなさいヨーコ。不自然に会話の流れを切ってしまったし、あらぬ方角を向いてしゃべってしまいましたよね」
「……亜弥??」
わたしは椅子から立ち上がる。
そして、
「ちょっと外に出てきます」
と言い、教室を抜け出していく――。
× × ×
廊下をぐいぐいと歩いていった。
歩いていくと、前方から、勇ましくも端正な容姿の男子生徒が、こっちに向かってくるのが見えた。
彼はダンボール箱を抱えていた。
そのダンボール箱にわたしは眼を留めた。
ダンボール箱にわたしの眼が留まるやいなや、彼はピタッと立ち止まる。
そして――、わたしと外江(とのえ)くんの目線が合わさる。
× × ×
閑散とした廊下の壁にふたりしてもたれかかっている。
「…頑張ってるみたいですね」
ひとりごとのように言うわたし。
「なにを?」
「…全部挙げてみましょうか?」
「いや全部って。猪熊さん」
「全部はやっぱり多すぎるでしょうか。だったら、ひとつだけ。
――学祭(がくさい)の準備、すごく頑張ってるみたいじゃないですか、外江くん。
さっきみたいに、あんなに大きなダンボール箱運んだり」
「――仕事ってだけだよ。おれのクラスの仕事」
「あなたのクラスはあなたを中心に回っているという認識なんですが」
「え」
「……百人力(ひゃくにんりき)なんですよね、外江くんさえ居れば」
「猪熊さん……」
「現在、この学校で、最も文武両道を体現している生徒なんですから……あなたは」
45度ぐらい、外江くんのほうに顔を向ける。
「アート茶屋、でしたよね。外江くんのクラスの出し物は」
「…そうだけど」
「アーティスティックな子が不思議と多いクラスで、その子たちの作品を飾る。…その一方で、和をコンセプトとした飲食スペースを設けて、お茶や軽食を振る舞う」
「…どうして猪熊さんはそこまで詳しいんだ」
「情報網ですよ」
「…?」
「『女子の』情報網、と言ったほうがいいかもしれませんね」
「……。なるほど」
納得できているのか怪しく、さらに外江くん方面に顔を傾ける。
しばしの沈黙のあとで、彼は、
「仮装喫茶……だったっけか。きみのクラスは」
「で……でも、中身はいっしょでしょ??」
「ほんとうに外江くんはそう思うんですか!?」
「い……猪熊さん???」
「あなたほど賢いなら、『仮装喫茶』と『喫茶店兼仮装パーティー』のニュアンスの違いぐらい、理解できると思ってたのに」
「にゅ、ニュアンス……ねぇ」
「……こういう点では、ヨーコのほうが理解力高いのかもしれませんね」
「ヨーコ? …あ、小路さんか。賢いもんねえ、小路さん」
「ヨーコもあなたも、優等生ゾーンの人間ですけれども」
「ゆ…優等生ゾーンってなに」
「外江くん!」
「!?」
「あなたはやっぱり、ヨーコに勝たないといけないと思うんですよ!」
「……どういう意味」
「……」
「……」
「……さっきみたいな理解力の不味(まず)さは、あまり見せてほしくないです。わたしに対してだけでなく、だれに対しても。
外江くんは、比類なき存在じゃないとダメなんです。……もちろん、私見(しけん)ではありますけども。
でも、多くの生徒の認識は、きっとこうですよ……。
『勉強においてもスポーツにおいても、外江くんに並ぶ者なんて居ない。居るはずがない』」
視線を逸らし気味にして、ほっぺたをぽりぽり、と掻いている。
文武両道なのは、言うまでもないし。
勇ましくも端正な容姿によって、存在感がさらに増しているし。
わが校のエースというか、わが校が誇るスターというか。
そういう比類なき存在であるということを自覚して、もっと自尊心を強めてほしい。
強い自尊心の、今よりもっと逞(たくま)しい外江くんが、見たい……。
もっとも。
容姿だけだと。
いくら勇ましくも端正…とはいっても、わたしがトキメキを感じるような容姿とは、まったく別物である。