金曜日の夕方。
わたしは予備校から、東京都西部のとある都市にある、とある豪邸に移動していた。
そこは、親友の戸部あすかさんの実家。
きょうわたしを出迎えたのは、あすかさんのお兄さんである戸部アツマさんだった。
学年が3つ上だったから面識は無かったけれど、アツマさんはわたしやあすかさんが通っていた高校のOBである。
あすかさんに負けず劣らずカリスマ性があった……というような話を耳にしたことがある。
具体的には、スポーツ万能だったとか。
……こうやって実際にアツマさんを眼にしてみると、たしかにスポーツが万能そうな雰囲気があるわね……というふうな感想が湧き上がってくる。
いや、雰囲気がある、というか、ありまくっている、というか。
ひとことで言えば……たくましい。
ファイト一発!! 的な??
ほんとのほんとで、ファイト一発!! 的なテレビコマーシャルに出演していても、おかしくないような……。
「――どしたの、徳山さん? 緊張してんの??」
「い、いいえっ」
慌てた反応をしてしまうわたし。
「待っててくれよ。もう少ししたら、愛のやつ、支度ができると思うからさ」
「はい……」
「やーそれにしても、いつも妹がお世話になってるねえ」
「いえ、それほどでも…」
「やかましくて攻撃的な妹でごめんな」
そ、そんな認識は……わたし、持ってないんだけど。
いったい、この邸(いえ)ではどんなふうなの!? あすかさん…。
× × ×
「アツマくんが、なにか変なこと言わなかったかしら?」
じぶんのベッドに腰掛けて羽田愛さんは言う。
「……特には」
とりあえず、そう答えておくことにする。
「あのね、きょうの夕食当番は、あいにくアツマくんなの」
「はい……」
「流(ながる)さんっていう男性(ひと)が、少し彼を手伝ってはくれるけど。……味には期待しないでね」
「は、はい……」
夕食もここで食べさせてくれることになっていたのである。
「わたしが完全回復してたなら、徳山さんにお手製料理を食べさせてあげられたんだけど」
愛さんは苦笑いで、
「それはまた今度ね」
「わかりました……。いつか」
「お料理できない代わり、あなたの家庭教師役は、ちゃんと務めるから」
× × ×
初日は、英語の指導だった。
――すごく分かりやすい。
こんなこと、思ったらダメなのかもしれないけど、予備校の先生より、教えかた、上手い。
確実に、上手い。
勉強ができる人が、必ずしも教え上手とは限らない……よく言われることでは、ある。
だけど愛さんは、絶対に勉強もできたし、なおかつ、絶対に教え上手だ。
「…愛さん。感想、言ってもいいでしょうか…」
「なあに? 言ってごらんなさいよ」
「じゃあ、言うんですけど。
すでに、わたしの英語偏差値、急上昇してる感覚が……」
「ど、どゆこと!? 徳山さん。くわしく」
――意外なほど動揺するんだな。
「愛さんみたいな教え上手の人、今まで見たことがなかったので。もうこの瞬間から、偏差値がぐんぐん上がってきてる感じがする、っていうことです」
「そ……そうかしら?」
「愛さんって、」
「え」
「高校の先生になったら、すごく生徒の子に慕(した)われそう」
「どどどどうしてわかるの……徳山さん?!?!」
「直感を素直に言ったまでですよ」
「わたしが、高校の先生!? ……た、たしかに、教職課程は受講してるわよ。教員免許取るべき、っていう勧(すす)めもあったし。だけど、だけど」
「だけど……なんですか?」
まともにテンパっちゃってる。
申し訳ないな。
でも。
「愛さん、美人だし――ますます、教え子に慕われちゃいそうですよね」
すみません、愛さん。
今みたいに至近距離だと――びっくりするほど整った顔とか、キラキラした栗色の長い髪とかに、惹きつけられずには居られなくなってくるんですよ。