川又ほのかさんが、三好達治の詩集を読んでいる。
「ほのかちゃん凄いね。三好達治なんて読んでる」
そう言ったのは、川又さんの隣に座っていた板東なぎさちゃんだった。
「えっ……。す、すごいかな?」
やや動揺の川又さん。
「100パーセントの文学少女だ」
となぎさちゃん。
「ひゃ、100パーセントってなに」
「100パーセントは100パーセント」
「答えになってないよっ、なぎさちゃん」
「しかも、私学(しがく)の雄(ゆう)の文学部」
呆然となりかかっている川又さんに、
「もっと誇ってもいいと思うよ? ほのかちゃんは」
となぎさちゃん。
微笑ましいやり取りだ。
さて川又さんはなぎさちゃんから眼を逸らし、三好達治をテーブルに置いて、今度はヴェルレーヌの詩集を手に取って読み始める。
「うわぁ、ヴェルレーヌだ」
オーバーリアクションでなぎさちゃんが言う。
「三好達治とヴェルレーヌが合わさって、文学少女の度合いが200パーセントになっちゃってる」
なぎさちゃんの『200パーセント』発言に反応して、川又さんはヴェルレーヌをいったん閉じ、少し不穏な流し目をなぎさちゃんに送る。
川又さんとなぎさちゃんよりも1つ年上のお姉さんであるわたしは、コーヒーの載ったお盆をお邸(やしき)のダイニング・キッチンから持ってきてあげる。
「コーヒーブレイクよ、ふたりとも。特に、川又さん」
そう言って川又さんの前にコーヒーカップを置くと、
「『特に』って……??」
と戸惑った様子で川又さんが言うから、
「あなたの眼つきが穏やかじゃなくなってたから」
と答えてあげる。
指摘されて、しょぼん……とした表情になってしまう川又さん。
俯きながら、ホットコーヒーを啜(すす)る川又さん。
そこに、
「ねえねえねえ。せっかくのコーヒーブレイクだし、話題を変えない?」
と、なぎさちゃんが、コトバでもカラダの動きでも迫ってくる。
川又さんは、びっくりして、のけぞって、
「そ、そ、そんなにカラダ近づけないでよ、なぎさちゃん!」
「いいじゃん。同い年の女子同士でしょ?」
「でも、急に迫られたから……」
「あのさぁ」
なぎさちゃんは、眉間にシワを寄せて、
「ほのかちゃんってさー。羽田利比古くんがカラダを近づけてきても、そんな反応するの?」
と、わたしの弟たる利比古と川又さんの関係性を踏まえた疑問を、投げかける。
利比古のパートナーたる川又さんはなにも言えない。
「わたし個人の意見だけど、ほのかちゃんは、もっと彼に積極性を見せるべきだよ」
「……どうして? 理由は?」
訊く川又さんに、なぎさちゃんは、
「時間は待ってくれないから」
と。
「それって、どういう……」
「グズグズしてると『あぶない』ってこと」
川又さんはなぎさちゃんの真意が分からない。
困った様子で、真向かいのわたしのほうを見てきて、助けを乞い始める。
わたしは優雅にブラックコーヒーを味わい、カップを空(から)にして、それから、
「なぎさちゃん」
と呼びかけて、
「あなたと、あなたのパートナーの巧(たくみ)くんとの力(ちから)関係については、良く聞かされてるけど」
と、なぎさちゃんのパートナーたる黒柳巧(くろやなぎ たくみ)くんの名前を出して、
「ずいぶんとなぎさちゃんのほうから『押す』みたいね」
なぎさちゃんは、
「えーっと……。愛さんは、なにをおっしゃろうとしてるんでしょうか」
わたしは、微笑ましいなぎさちゃんに、にっこりと笑いかけて、
「どういうときに、巧くんのほうから『押してくる』の?」
うろたえるなぎさちゃんは、
「あ、あのっ……わたしと巧くんのコトを突っついてくる……理由って」
「巧くんの積極性をそんなにヒミツにしておきたいんだ」
「愛さん!?」
× × ×
ふたりして、ショボショボ状態になってしまった。
イジり過ぎたかな。
とりあえず、
「ごめんなさいね。わたし美人だけどイジワルだから、ついイジっちゃった」
と余計なコトバ混じりに謝って、
「そんなにショボショボになる必要無いのよ?」
となぐさめて、それから、
「だけど、あなたたちふたりが、さっきみたいに『一触即発』な空気になっちゃうのは、どうなのか……とも思ったりする」
慌て気味になぎさちゃんが、
「そんなっ、『一触即発』は言い過ぎですよっ。別にわたし、ほのかちゃんとケンカしたいわけじゃなくって」
「だったら、ほのかちゃんともっと折り合うべきよ」
わたしは『川又さん』ではなく『ほのかちゃん』呼びになって、
「ほのかちゃん。ほのかちゃんにも言えることよー? これって」
と言って、可愛い後輩たるほのかちゃんに視線ビームを伸ばしていく。
愛らしいほのかちゃんは、愛らしい戸惑いかたをして、
「せっセンパイっ。『折り合う』って、なんですか!? もっと具体的には……」
「『なぎさ』と『ほのか』でしょ。最初のプリキュアと同じ名前のコンビでしょ」
「ととと突然プリキュアを持ち出されても!?」
「あら。最初のプリキュア云々は、あなたたちから教わったのよ?」
「ですけど、名前がおんなじだけで、正直、『こじつけ』で……」
わたしはほのかちゃんに構わず、
「プリキュアは『折り合う』ものじゃないの」
「プリキュアで、プリキュアで、ひっぱらないでくださいっ!!」
「引っ張らせてよぉ、ほのかちゃーん」
追い込まれたほのかちゃんは、
「……面倒くさいセンパイなんだからっ」
と呟いちゃう。