成人の日。
成人式がある……んだけど、サボタージュ。
お母さん公認のサボタージュだ。
カーテンを開けて、朝の光を部屋に入らせる。
朝の光がなんだか暖かい。
青空が透き通って見える。
冬にもこんな日があるんだ。
朝食の前に漫画単行本を1冊読む。
『ゴールデンカムイ』。
読みながら学習できる漫画。巻末の参考文献リストにも、漫画としては異例な量の文献が並べられている。
漫画で勉強するのも悪くない、ってことだな。
ヤングジャンプでこんな漫画が人気になるなんてね。
意外かも。根拠は無いけど。
朝ごはんを食べに階下(した)に下りた。
「ごちそうさま」を言ってから階上(うえ)のマイ・ルームに舞い戻って、『ゴールデンカムイ』の続きの巻を読み始めた。
久里香(くりか)との約束の時間はもう少し先。
× × ×
「ヤッホー」
久里香の声がスマートフォンから聞こえてくる。
わたしはスマホに向かって、
「ヤッホー」
と返す。
「成人式サボタージュ頑張ってるか~? あすか」
と久里香。
「あんただってサボタージュじゃん。久里香」
「わたしはあすかの頑張りぶりが知りたいのに」
「知ってどーすんの」
「どうもしない」
は~っ……とわたしはスマホに溜め息。
「なんだなんだー、わたしに呆れてるのかー」
「少し」
「せっかく『あすかに優しくしてあげよう』っていう気持ちでもって今日の通話に臨んだのに」
「なにそれ。どゆこと?」
「元気の無い時期が続いてたでしょ? 親友なんだから、ずっと心配してたんだよ」
「……立ち直ったよ。だいぶ」
「病み上がりなんじゃないの」
「かもしれないけど、前を向いて進んでいける自信が出てきたから」
「だーれのおかげなーのっかなーーっ」
久里香がスマホの向こうでニヤニヤしているのを想像できる。
「久里香。お調子者過ぎるよ」
「アッごめん」
「だれのおかげで立ち直ったか? ――そんなの決まってるよ。主(おも)に利比古くんと兄貴のおかげ」
「ハッキリ言ったねえ」
「言う」
「甘えたんだね。利比古くんとお兄さんに」
「甘えたよっ」
「甘えたときのこと思い出すと、恥ずかしい??」
あ・の・ね・え・っ。
「それはノーコメントだからっ!! ねぇ久里香っ、あんたは羨ましい気持ちになんないの!?」
× × ×
甘えられる対象が居ること、絶対久里香には羨ましいはず。
久里香も『そういう対象』を早く探しなよ。
おちゃらけてばっかじゃなくってさ。
通話は終わった。
親友と話せて満足はしたけど、ショートコントみたいなやり取りになってしまっていた。
ベッドに座って、次にすることを考える。
成人式をサボったのに対する罪の意識もちょっとはあったから、罪を滅ぼすために読書をすることにした。
本を読む行為がどこまで罪滅ぼしになるのかは分からない。
× × ×
地下の書庫にわたしは来ていた。
お父さんが遺してくれた蔵書を前にして、しみじみとした気持ちになる。
お父さんがこの世にいないことが重くのしかかってきて辛(つら)くなったのが、つい先月。
だけど振り払えた。
失恋したことも含めて、いろいろな辛さを一気に振り払えた感じがする。
たくさんの人が振り払うのを手伝ってくれたけど、利比古くんとお兄ちゃんの貢献がとりわけ大きかった。
あの2人は、わたしにとっての去年のダブルMVPだな。
MVPなんだって認識しちゃうと、胸がくすぐったくなるけど。
……それはそうと。
ここはお父さんが遺してくれたモノが詰まっている書庫なんだ。
お父さんの魂が生きている場所なんだと思う。
『挨拶しなきゃ』と思って、
「お父さん。
いろいろあったけど、わたし無事ハタチになったよ。
お酒だって飲める。今日は、お父さんに向かって乾杯してみよっかな。
お兄ちゃんのことは心配しないで。
お兄ちゃん、立派に働いてるから。
わたしよりもオトナなのが、ちょっぴし悔しいけど。」
× × ×
現在絶版と思われる小説本を1冊携えて、リビングに戻ってきたら、
「あら、あすかじゃないの。読書?」
「お母さんは昼寝?」
「またまたぁ。お昼ごはん食べてないし。お昼寝するのはお昼ごはん食べたあとよ」
「することはするんだね」
「あすか」
「なに?」
「お昼ごはん食べながら、わたしとお酒飲んでくれないかしら」
「無茶振り無茶振り。わたしはお母さんみたくお酒に強くないんだから」
「ちょびっと飲むだけでいいのよ?」
「イヤだ」
「えーーーっ」
「……って言ったら、どうする?」
「ほんとはイヤじゃないのね」
「お母さんの頼みなら、つきあってもいい」
そう言いつつ、お母さんの左隣に腰掛けて、
「その代わり、ムスメからも頼みがある」
「なになになーに」
「甘えん坊になりたいの」
言うやいなや。
わたしはわたしの右肩をお母さんの左肩に密着させていた。
くっついて、それから、わたしの右手でお母さんの左手を握る。
「ごめんねお母さん。成人の日なのにコドモになって」
「成人の日『だからこそ』なんじゃないのかしら?」
「なにそれ。リクツとして成立しないよ」
ツッコミつつも、わたしの声は甘えん坊の声。