【愛の◯◯】取り乱しの理由

 

モネ先輩の脚は長い。パイプ椅子に腰掛けている彼女の脚をつい見てしまう。キレイな線を描く脚。さすがは高校3年生というか、なんというか。

「どした〜?? タカムラちゃん」

あ。マズい。

「すみませんモネ先輩。視線がヘンな方向に伸びちゃってました」

詫びるわたしに、

「脚の長さがそんなに気になるか」

とモネ先輩が、冗談めかした口調で。

素直に、

「ハイ。わたし、気になっちゃってました」

と白状する。

「羨ましいんだ」

とモネ先輩。

「羨ましさというよりも、憧れです」

とわたし。

「憧れられたか〜」

苦笑のモネ先輩に、

「身長、何センチなんですか?」

と思い切って訊いてみる。

「あててごらんよ」

こちらの推測を促すモネ先輩。

少し考えて、

「167センチ」

と答えたんだけど、

「惜しい!! ニアピン賞。わたしは166だよ」

と先輩は。

「わたしより6センチ高いんですね」

「タカムラちゃん、160なんだ」

「そうなんです。伸び悩んじゃって」

「でも、高1女子の平均よりも高いじゃん」

「それはそうですけど」

モネ先輩のお顔に視線を寄せて、

「先輩、中学に入った時、既に160センチぐらいの身長だったんじゃないですか?」

「それはどーかなぁ」

「……憶えてるんでしょ?」

先輩は、答えずに微笑み。

「わたし、先輩の成長曲線的なモノも、気になっちゃうなーって」

「タカムラちゃんも以外とエロいな」

「エロいなんて言わないでくださいよ〜。女子同士なんですから」

「確かにね」

「分かってくれますか?」

「うん。分かってあげられる」

【第2放送室】の中なのだが、わたしとモネ先輩の2人きりなのではない。

トヨサキくんが、わたしの座っている椅子の背後にいる。

今、トヨサキくんはとっても余計な存在だ。わたしとモネ先輩の女子2人きりだったら、もっと突っ込んだ話ができるのに。男子が1人だけ混じっているせいで、突っ込んだ話に踏み切っていけない。

「タカムラちゃんタカムラちゃん。トヨサキくん、頬杖ついて、ソッポ向いちゃってる」

モネ先輩が指摘するので後ろを見た。ほんとだ。壁に顔を向けている。不甲斐ないというか、情けないというか。

「なんなのトヨサキくん。キミの後ろ姿、居心地の悪さを物語ってるみたいだよ」

たしなめるも、壁の方を見続けたまま、

「タカムラが脚フェチなのがいけないんだよ」

と発言。

ダメだ早く何とかしないと。また今日も、彼、失言を口から出しちゃってる。このままだと、失言量産機械になっちゃう。

教育だ。教育が必要なんだ。

「トヨサキくん、ちょっと黙ってて。今から30分間、何も言わないで」

「なんでだよタカムラ」

「わたしがキミのお口にチャックしてあげよーか?」

「なんだそのコドモ扱い」

「高校1年の男子なんてコドモでしょ。同じ高校1年でも、女子の方がよっぽどオトナ」

「根拠が無い」

「根拠ならあるよ。1つずつ言ってあげよーか」

「めんどくさいなぁ」

「耳を傾けられないのなら黙ってて」

トヨサキくんが壁に向かって舌打ちした。バカ。

 

× × ×

 

稚(おさな)すぎる1年男子は放置して、ポンポンとモネ先輩とコトバを交わす。

モネ先輩の受験勉強のコトに会話が及んだところで、背後から、

「あっ。床になんか落ちてる」

という無神経な男子の声。

「ちょっとおっ!! モネ先輩の受験勉強の話をしてるんだよ!? 『落ちてる』だとか、不吉なワードを言わないでっ」

怒るわたし。

しかし、トヨサキくんは女子の怒りに鈍感で、発見した床の落とし物を右手で摘(つま)みながら、

「メモ書きみたいだ」

と言った。

彼が言った途端に、波乱が起きた。

波乱が起きたというのは。

モネ先輩が、パイプ椅子から立ち上がったかと思うと、トヨサキくんの近くまで大きく身を乗り出してきて、トヨサキくんに顔を近付けたのである。

「……どうしました?」

高1男子は弱り気味な声で、

「急に、おれに顔を近付けてきて、しかもそんな表情になって……。もしや、このメモ書き、モネ先輩の――」

「わたしに渡して!!!」

彼が言い終わらない内にモネ先輩が絶叫した。

彼は怯(おび)え、わたしは驚愕。

「わたしに渡してっ。それ、大事なモノなの……」

顔を近付けているけど、彼女の目線は、トヨサキくんと合わさっていない。

「早く、渡して。早く」

苦さの混じったような彼女の声。

恐る恐る、拾ったメモ書きをトヨサキくんが差し出す。

そのメモ書きを取った途端に、モネ先輩が走り出した。

駆け足で、【第2放送室】から退出してしまった。

大変な事態になった。

慌ててわたしは、モネ先輩を追うために、出入り口のドアに向かう。

 

× × ×

 

涸(か)れた噴水付近。追いついたわたしは、追いつかれたモネ先輩の背中を見ている。

「どうしたんですか。落とし物、他人に見られたら、そんなにマズいモノだったんですか。さっきのモネ先輩、まるで、モネ先輩がモネ先輩じゃないみたいだった……」

立ち尽くす彼女は、弱々しく、

「トヨサキくんじゃなくて、タカムラちゃんが拾ってくれてたら、ダメージ、もうちょっと小さかったんだけどな」

俯(うつむ)き気味の彼女の背中に、

「それって、男子には特に見られたくないようなメモ書き……ってコトですよね」

「男子でも女子でも、見られちゃったら、恥ずかしいんだけどね」

肩を落としていた。モネ先輩が肩を落とすなんて、初めて眼にする。もしかしたら、モネ先輩と同学年で近しい人でも、こんな姿は見たコトが無いのかもしれない。

驚くわたしに、ゆるりゆるりと、モネ先輩が振り返る。

「バレちゃったモノは、仕方ない。……これ、見て。タカムラちゃん」

しわくちゃになりかかっているメモ書き。モネ先輩が差し出してくる。

 

× × ×

 

「勘一郎さんって、誰ですか」

メモ書きに書かれていたのは、『21:00』という時刻と、『勘一郎』という名前だけ。

噴水の縁(へり)にわたしとモネ先輩は腰掛けていた。通行する生徒に見られないような位置。

右隣のモネ先輩は、弱い溜め息をついてから、

「手塚勘一郎(てづか かんいちろう)って言うんだ。手塚は、手塚治虫の手塚。わたしと同い年」

ってコトは……。

「……仲が良い男子に、今日の夜、電話がしたくって。それを忘れないように、念には念を入れて、メモ書きを……」

「ズバリ大正解。女心がよく分かってんじゃん、タカムラちゃんも」

「……つきあってるんですか」

問う声が震えてしまう。震えざるを得ない。

「それは、不正解」

だったら。

片想い?

片想いじゃなかったら、思い当たる関係性といえば……。

思い当たる関係性に思い至った瞬間、わたしのカラダに肌寒さが襲ってきた。

「幼馴染なの、勘一郎は。通ってる学校は違うけど」

わたしの胸の中が疼(うず)いた。

『幼馴染』

このワードが耳に入った瞬間に、平静で居続けるコトが無理になる。

なぜ、無理になるのか?

無理になる、理由は……つまり……。

「なんでタカムラちゃん考え込んじゃってるのかな」

柔らかいモネ先輩の声。心なしか寄せてきている肩。ちらりと顔を見てみると、苦笑い顔だった。

チカラの抜けているような苦笑い顔だったから、気になった。

わたしの胸の奥底に眠っている◯◯を思い切って打ち明けて、モネ先輩と通じ合いたかった。打ち明けて、通じ合えたら、モネ先輩に元気が戻ってくるだろうから。

すううっ、と大げさに息を吸う。ちゃんと先輩の眼を見て、それから、

「わたしにも、幼馴染が、いるんです。モネ先輩と、そこはおんなじ」

と、打ち明ける。

眼を見張る、2つ年上の女子。166センチの、スラリとした長い脚が眩しい、わたしの先輩。

そんなモネ先輩が、どちらかといえば小声で、

「……オトコノコ、なの?」

と訊いてくる。

「オトコノコ、というよりは。もう、『オトコノコ』とは、呼べなくって。『男性』って呼べば良いのかな、それとも、『男の人』って呼べば良いのかな」

「離れてるんだ……歳(とし)が」

「だいぶ離れてます」

「社会人なの?」

「ハイ、社会人です」

頷きながら「社会人です」と言った後で、いったんモネ先輩から眼を離し、秋の晴れた空を見上げる。

雲が無い秋晴れの空に向かって、

「特殊な事情があって」

とわたしは言う。

15秒前後の沈黙の後で、

「特殊な事情って、なにかな。あんまり知られたくないような、事情?」

と、モネ先輩の声が、右隣から。

ふるふる首を横に振る。それから、視線を秋晴れの青空に伸ばしたまま、

「モネ先輩になら、知られても良いです」

と、答える。