【愛の◯◯】ぶちまけと打ち明け

 

「甲斐田さん、注文決まりましたか?」

「『しぐれ』で良いよ。苗字じゃなくて」

「分かりました。じゃあ、『しぐれさん』って呼びますね」

「よろしく」

「あの、あたしのコトも、『ヒナ』で良いんで」

「そう? それなら、『ヒナちゃん』って呼ぶね」

「よろしくお願いします」

しぐれさんは、

「注文、決まってるよ。私、ホットのカフェモカ

と、微笑しながら。

「あたしは、水出しアイスコーヒーで」

「ほぉ」

「え、エッ、ダメですか」

「ダメなワケ無いじゃないの」

依然として微笑みを崩さず、

「ヒナちゃんの方がオトナな飲み物飲むね、って」

そうかな。

水出しアイスコーヒーって、そんなにオトナかな。

 

× × ×

 

「ヒナちゃん、スイーツとか欲しくない? 私のお金で食べさせてあげるけど」

「しぐれさんがあたしのスイーツ代金出してくれるのなら、あたしはしぐれさんのスイーツ代金出してあげます」

「? どーして」

「しぐれさん、昨日お誕生日だったんだから。お祝いで、スイーツを、無料サービスしたくって」

「サービス精神、あり過ぎじゃないかなあ」

微笑かつ苦笑のしぐれさん。

しかし、あたしは、

「全然過剰じゃないですから、サービス精神」

と言っておいて、それから、

「1日遅れですけど、お誕生日、ホントにおめでとうございます」

歓(よろこ)びの顔になり、

「ありがとう。祝福されると、本当に嬉しいよ」

としぐれさんは。

「22歳になっちゃった。老けちゃったね。ヒナちゃんはまだ10代でしょ? ピチピチだ」

『ピチピチだ』という古めかしい言い回しに少し戸惑うけど、

「しぐれさん、老けてなんかないですよ。若さに磨きがかかってるって感じ」

「若さに磨き? どーだろ、それは」

絶対に磨きがかかってますよ。

……あたしより美人だし。

こうして向き合ってみると、映えるルックスに加えて、彼女のスタイルの抜群さが際立って見えてしまう。羨ましいのヒトコト。

身長168センチだとか。あたしよりも15センチ高いじゃん。

どう頑張っても敵わないよ。いろんな意味で。

「その顔は、スイーツが欲しくてたまらないって顔かな?」

しぐれさんに訊かれる。条件反射で首を横に振る。

「しぐれさん優先で」

早口で、そう言い添える。

「だったら、遠慮せずにスイーツ頼んじゃうけど、OK?」

「OKですよ」

彼女は、メニュー表に視線を数秒間伸ばしてから、

「ジャンボストロベリーパフェが食べたい」

と言う。

……ガッツリですね。

 

× × ×

 

北千住にできたばかりのカフェで、内装はピカピカ。カーテンを通して陽(ひ)の光がこぼれてくると、食器が光り輝いて見える。気がかりなのは、まだ知られて無さ過ぎて、日曜日の午後2時台なのに他のお客さんが疎(まば)らなコト。

けれども、店内の過疎りぶりは、突っ込んだ話をするには好都合でもあって、

「篠崎大輔(しのざき だいすけ)さんが、前期に引き続き、あたしと同じオープン科目をとりました」

と、しぐれさんにあたしは報告するのである。

苦笑い顔かつ呆れ顔で、篠崎大輔さんと高校で同期だったしぐれさんは、

「まるでストーカーだな。私が懲らしめてやった方が良いんだろーか」

「『卒業までに是非とも受講したかったのだよ!!』って主張の一点張りで。『教場では、俺のコトは、一切意識しなくて良いからね』とも。教場の外でも一切意識したくないんですけどね、こっちは」

「『卒業までに』って言ったの? 篠崎くん」

「ハイ、言いました」

「あやしくないかな」

「あやしいって……アッ、もしや」

「その『卒業までに』って、果たして、今年度の卒業のコトを言ってるのか。甚(はなは)だ疑問だな。たしかに、泣く子も黙るワセダの政経学部だけど、ダブっちゃう人もそれなりに居るんでしょ」

「あたしは精確な統計とか見たコト無いですけど。ウチの大学、学部に関係無く、留年が『華(はな)』みたいな風潮がありますから」

「いちばん出世するのは、留年を飛び越えて、中退した人」

「おかしな伝統ですよね。……もっとも、あの男子(ヒト)は留年はしても中退はしなさそうですけど」

バンカラと自堕落って、紙一重だよね。ヒナちゃんも思ったりしない?」

「思います思います!! もう4年で卒業するのを諦めてて、就職活動とかもハナっから投げ出してそう」

「ヒマがあるから、ヒナちゃんにちょっかいをかけてくるんだね」

「しぐれさんの言う通りです。困ります」

「篠崎くんがウザいしキモいから、ヒナちゃんは私に助けを求めて、この場をセッティングした」

「北千住だったら、篠崎さんの魔の手も及ばなさそうですし」

「コラコラ、『魔の手』とか言わない言わない」

しぐれさんが苦笑いで軽ーくツッコむ。

「あと5つぐらい、篠崎さんに対する愚痴の『ストック』があるんです。順番にぶちまけちゃっても良いですか」

「いいよ」

オトナっぽく、しぐれさんは許可。

 

× × ×

 

「スッキリできた? ヒナちゃん」

「はい!! 愚痴をぶちまけるだけでも、ココロがとっても軽くなります!!」

「それは良かった」

オトナっぽい左手でオトナっぽい頬杖をついて、

「アドバイスしてあげる必要も無いかな。そんなに発散できたのなら」

「ぶっちゃけ、アドバイス貰うまでも無かったかもです」

「それなら……」

頬杖をつくしぐれさんの目線が斜め下向きになり、

「アドバイスの代わり、なのかどうかは、分かんないんだけども……」

という湿っぽい声のコトバが、耳に届いてくる。

どうしちゃったのかな。

しぐれさん、急に湿っぽくなって。しみじみとしたキモチになり始めてるのが、あたしの肌にも伝わってきてるような……。

「彼ってさ。どうしようもない要素だらけで構成されてる男子なんだけどさ」

しんみりとした眼になって、

「良いところも、あると思うんだ、私は。高校の同期だから、甘い評価になっちゃうのかもしれないんだけど。たまには、良いコトしてくれたり、優しかったりで」

あたしの肌が、ザワリ。

恐る恐る、

「えっと……。篠崎さんには、『評価してあげられるところもある』って、しぐれさん、そう言いたいんですか」

「うん」

あっさりと答えたしぐれさん。

「ここで擁護しちゃったら、ヒナちゃん、気を悪くしちゃうかも、だけど」

「……そんなコト無いですよ。今のしぐれさん、どうしても言いたい、どうしても伝えたいって、そんな感じになってるし。ぶっちゃけてくれないと、後味が悪くなっちゃう」

「年下の女の子の後味を悪くさせちゃうのは、ダメだよね。……承知しました。少しだけ、私の打ち明け話を聴いてください」

身構える。

しぐれさんは、渋谷区の色が付く名前の私立大学の4年生。東京外大に余裕で受かる学力があったけど、何故か共通試験で失敗したらしい。

篠崎大輔さんは、新宿区のあたしと同じ私立大学の違うキャンパスの4年生。東大に余裕で受かる学力があったけど、何故か共通試験で失敗したらしい。

受験でつまづいた人間同士。きっと、何かを……共有してるんだろう。