【愛の◯◯】転んでもまたすぐに起き上がるテニス部の彼女

 

某運動公園某テニスコート。壁に背中を引っ付けて体育座りのような格好でひと休みしていると、

「はい、スポーツドリンク」

と、船岡(ふなおか)さんが某スポーツドリンクを手渡してくれた。

「隣に座っても良い?」

と船岡さんが訊くから、

「もちろんよ」

と答える。

船岡さんが左隣に腰を下ろす。彼女は、自分の分のスポーツドリンクのフタを開け、ごくごくごく……とペットボトルの中身を一気に3分の1以上減らしていく。

それから彼女は、ペットボトルを置いた。勢い良く置いたから、カツン、という音がした。

「羽田さん」

わたしに呼びかけ、

「風が心地良いね」

と言うも、

「風は心地良いんだけど、それとは関係無しに、わたし、とっても悔しいよ」

気まずさをちょっぴり感じつつもわたしは、

「負けたら誰だって悔しいわよ」

と言うが、

「負け方が負け方だもん。こんな記録的大敗、大学に入ってからの公式な試合で1回も経験したコト無いんだもん」

と言われてしまう。

悔しさを露(あら)わにしているけど笑顔。それが救いである。

「大学でテニスやってる羽田さんが見たかったよ。テニスサークルじゃなくて、本気のテニス部ね。本気でテニスやってたら、こないだのオリンピックで、コートに立つ羽田さんが観られてたかもしれないのに」

苦笑せざるを得ないわたしは、

「何言うのかな。そんなにわたしに夢を託してたワケ?」

しかし、この発言が不用意だったみたいで、一気に肩を寄せてきた船岡さんが、

「託してた」

と、本音であるというキモチの籠もった声で言ってきて、

「スポーツにもっと本気(マジ)になる羽田さんが、見たかった」

と、真面目顔で視線を当ててくるから、つらくなってしまう。

 

× × ×

 

船岡さんは女子校の同期だ。中等部高等部と一貫してテニス部だった。

中等部高等部と一貫して運動部に籍を置かなかったわたしだけど、『何とかして自分の部活に取り込みたい』と思っていた人たちが一定数存在していて、船岡さんもその中の1人だった。

『練習試合に助っ人として出てくれないかな?』

そう依頼されたのは中等部2年の時。『テニス部は人数不足でも何でもないじゃないの』と言ったら、『その日は都合で3人欠けるんだよ。学習塾で忙しい子とかも居て』という理由で押し切られた。

その練習試合でどちらかと言うと派手に目立ってしまったわたしは、自分の部活へと「ラブコール」を送り続ける船岡さんへの対処に苦しむコトになってしまった。

『対外的な試合に出なくても良いから、わたしと練習試合をしてくれない!?』

両手を合わせて懇願されたのは高等部に上がってすぐの頃。高等部のテニス部員の中でも既にエース的な存在だった船岡さんの気迫にわたしは負けた。

気迫では負けたけど、コートの中では圧勝。試合をやる前から圧勝してしまう未来が予測できていて、彼女に対して申し訳無いキモチになっていた。

その後も、懲りずに『練習試合』を要求してくる彼女の気迫に負け、その度にわたしがストレート勝ちしてしまうというパターンが繰り返された。

 

× × ×

 

「船岡さんって、転んでもまたすぐに起き上がるタイプだったよね」

誰も居ない眼前(がんぜん)のテニスコートを眺めながら、言ってみた。

「え!? もうちょっと具体的に」

「具体例は自分で思い出しなさいよ」

敢えて厳しくしてみる。

「そんな」

と船岡さん。

「思い出せるでしょ。あなたなら」

とわたし。

俯いて黙りこくる船岡さん。

しかしやがて、

「……『練習試合』で、テニス部でも何でもない羽田さんにコテンパンにされるのを繰り返してたんだけど、折れずに何度も、羽田さんの前で、両手を合わせて」

「そーね。諦めの悪さが、スゴいと思ったわ」

恐縮していそうな声で、

「……迷惑だった?」

と訊かれるけど、

「いいえ。むしろ、断っちゃう方が、あなたに迷惑かけると思ってたから」

船岡さんはコトバを返してくれない。

秋晴れの空をじっくりと眺めてみる。夕ご飯の献立を考えたりして暇を潰す。

不意に、

「わたしの方が、羽田さんより、カラダ、大きいんだけどな」

と言う声が耳に届く。

「そんなに華奢(きゃしゃ)な体型で、なんであんなに完膚(かんぷ)無きまでにわたしを叩きのめせるのか……秘密が知りたい」

隣の彼女のわたしより長い手脚を思わず見る。

「羽田さんが大学を卒業するまでに、秘密、突き止めたい。あと半年しか時間は残ってないけど」

わたしは、船岡さんの長い脚のつま先を見ながら、

「違うわよ、半年じゃないわ。留年するから、あと1年半」

「あ」

ホントにもう……と思いつつ、縮こまり始める船岡さんを暖かく見つめてあげる。

せっかくの長い脚を抱え込むようにして縮こまる彼女を、

「あなたがションボリしてどーするのよ。あなたは無事に4年で卒業できるんでしょ? 『一緒に留年する!!』だとか言い出さないわよね。そんなコト言い出したら、わたし許さないゾ」

と、わたし流のコトバで、元気づける。

「……するよっ、卒業はっ!! 一緒に留年したいだなんて、思ってないっ」

彼女の可愛い反発が返ってくる。

「あーっ、もうっ、誰だったら羽田さんに『勝てる』のかなぁ」

「それはどういう意味合いで?」

「いろいろ! テニスに限定しない!」

「テニス『だったら』、わたしが勝てない存在、1人だけ知ってるんだけどなー」

「……誰が!? 誰が、テニスで、羽田さんに勝つの!?」

「これからわたしが夕ご飯を作ってあげるヒトよ」

「な、ななななっ」

「ずいぶんと眼を大きく見開くのね」

「こ、今度、そのヒトに、手合わせ……願いたいかも。羽田さんの彼氏さんと思われる……その殿方に」

……おいおい。