わたしの大学の体育館。
バドミントンの試合ができるようにセッティングされている。
バドミントンウェアに身を包むのも久しぶり。
「羽田さん、今日はよろしくね」
わたしにそう言ってきたのは、同じ女子校出身の叶(かのう)さんだった。
叶さんは女子校時代バドミントン部のエースで、大学に入ってからもバドミントンを続けている。
「こちらこそよろしく、叶さん」
握手。
握手が解(ほど)けるやいなや、叶さんが、
「かわいいね、ポニーテール」
「えっ?」
「羽田さん、ポニーテールにすると、かわいさがマシマシになる」
「ま、マシマシって」
「コトバ通りだよ」
軽く彼女は苦笑いしてるけど……。叶さん、あなただってポニーテールじゃないの。
「かわいくてキレイ。羽田さんの髪の栗色って、地毛でしょ?」
「そうだけど」
「なおさらキレイだ」
「は、はやく始めちゃわない!? 試合を……」
しかし、「ちょっと待って」と彼女は告げてきて、
「みんなー? こっち見てー」
と、わたしたちの立っているほうに注目させて、
「こちらが、本日非公式試合をわたしとしてくれる、羽田愛さん。第一文学部の3年生。なんとわたしと母校がおんなじ」
と紹介する。
「わたしと非公式試合をしてくれるぐらいなんだから、もちろん運動神経抜群、スポーツ万能で」
と言い、
「おまけに成績超優秀、ご覧のように眉目秀麗で、他にも他にもなんだってできて。母校だと『英雄』みたいな存在だったの」
と言った。
いやいや、『英雄』って。
オ~~ッ、という声が上がる。
上がってしまう。
「あの、叶さん……前フリが、若干……」
「ね? みんな思っちゃうでしょ!? 『バドミントンウェアが最高に似合ってる』って。第一印象で『最高に似合ってる』って気づいちゃうんだよねえ」
「か、かのうさんっ!!」
わたしに構ってくれず、
「衝撃的なこと言うよ。わたしね、母校に居たとき、羽田さんと何回かバドミントン勝負をしたことがあるんだけど。なーんと!! 羽田さんから1ゲームも取ることができなかったんだよ」
途端に場がざわめき始めた。
「しかも」
わたしの困惑に構ってくれず、
「1ゲーム取るどころか、1ゲーム中に10ポイント以上取ることもできなかったの」
ざわめきの波紋が広がる。
なーんか、バドミントンとはぜんぜん関わりが無いような人たちまでもが、わたしと叶さんの前に群がってきちゃってるような……!
× × ×
わたしのサービスから試合が始まることになった。
「騒がしくなっちゃったの、あなたのせいなんだからね、叶さん」
ラケットに小言を言うわたし。
もちろん叶さんの耳には届かない。
「体育館が社会現象みたいな騒ぎになる前に、終わらせちゃってもいいのね?」
そう呟き、シャトルを打つ体勢に入る。
× × ×
「鬼のような反射神経と動体視力だったね」
「その比喩はどうなのかな……叶さん」
「あれ? ご機嫌ななめ??」
「わたし、あなたが思ってるよりもずっと短気なの。すぐご機嫌ななめになっちゃうタイプなの」
「そっか」
と言ったかと思えば、叶さんが、
「限られたヒトしか羽田さんのホントの性格は理解できないんだな。ちょっと残念」
と言って、それから、
「例えば彼氏サンだったら、あなたの短気だって手に取るように把握してるんだよね」
とか言ってくる。
わたしはなにも答えてあげない。
両手を腰に当て、体育館の様子を眺め、
「この騒ぎはあなたが収拾付けてよね。叶さん」
とたしなめる。
「分かってるよ」
ジト目で彼女を見やり、わたしは、
「ほんとーにわかってるの?」
と。
「ゴメンゴメン。試合終了のあとまでも羽田さんにねじ伏せられちゃうなんてね。情けないな」
いやいや。
わたし『ねじ伏せた』つもりなんか無いから。
そりゃあ……試合のほうでは……若干、本気を出しちゃった気もするけど。
「2ゲーム目で11ポイント取れたでしょあなた。進歩じゃないの」
とりあえず叶さんを立てておこうとするわたし。
「うん。進歩以外の何物でもないね。わたしが羽田さんから取ったポイントの最高記録」
「そういうことよ」
× × ×
ようやくざわめきが収束しかかる。
体育館の隅っこに退避しようとしたら、叶さんがついてきた。
まあ、わたしの機嫌も直ってきているから、ついてくるのも許容範囲の中。
「もったいないよ」
やっぱり言われた。
「バドミントンだけじゃないところが恐ろしいんだよねえ、羽田さんのズバ抜けた運動神経って。なにか1つの競技に特化してたら、パリオリンピックに内定してたはずなのに」
「よく言われる」
眼を少し逸らして、返答。
「なんで羽田さんは、上を目指さないの?」
うっ。
厄介な問いかけが来ちゃった。
「スポーツだけじゃなくて、例えばほら、ピアノ弾く技術とかさ。今からでも全然、バドミントンのプロだって目指せるし、ピアニストだって目指せるのに。わたしそういう意味でつくづく『もったいない』って思うの」
壁にもたれて体育座りのわたしは、左手で頬杖の仕草をして、もっと眼を逸らす。
逸らしはするけど、ココロの中では叶さんのキモチをじゅうぶん理解しているから、わたしなりの誠実さを籠めた声で、
「上を目指していく人たちのことを否定したりなんかしない。わたしだって向上心ならいつだって持ってる。だけど」
と言い、少しコトバを溜めてから、
「上を目指す以外にも、生きる道みたいなもの、あるんじゃないのかしら。叶さん、『上』っていうのは、あなたが言うような意味での『上』よ?」
と言い、それから、
「体育館のざわめき、まだ少し残ってるみたいだけど」
と言い、それからそれから、
「チヤホヤされるの、実は苦手なのよ」
と、苦笑する。