日曜日ということで、お邸(やしき)にアツマくんと『プチ帰省』している。
わたしがふたり分のコーヒーを淹れて、お邸(やしき)1階フロアの小さめのスペースに運んだ。
コーヒーが置かれたテーブルを挟んで向かい合いになるわたしとアツマくん。
わたしはコーヒーを飲みながら開高健のエッセイを読み始めた。
開高健の文章に浸りながら、
『開高って、小説とエッセイだと、どっちをより評価するべきなのかしら?』
と考え始める。
小説のほうが読まれる作家もいれば、エッセイのほうが読まれる作家もいる。
『だとしたら開高は、果たして……』
ココロの中で呟いた。
しかし、わたしが開高の世界に浸るのを許してくれないガサツなアツマくんが、
「おーーい」
と賢くない声を出して、
「ちょっといいかあー、愛」
と賢くない呼び声で、読書を妨げてくる。
とりあえず睨みつけて、それから、
「あなた小学校で習わなかったの、『読書に夢中の人に声を掛けてはいけません』って」
「そんなの習うもんか」
「そーゆーところよ、そーゆーところ!」
× × ×
冷めかかったコーヒーを飲み干したあとで、10種類以上の罵倒コトバを無神経なアツマくんに浴びせる。
それから、
「わたしになにが言いたかったの? わたしの読書に割り込んで来てまで」
と問う。
すると、
「今、2023年の11月だろ」
「だから?」
「7年が過ぎたんだよな」
「7年……って。ひょっとすると」
「そ。おまえが勘づいた通り」
アツマくんは微笑して、
「愛。おまえがこの邸(いえ)にやって来てから、7年が過ぎたってことだ」
彼の言う通りだった。
「居候(いそうろう)」という体裁で、わたしがこのお邸(やしき)で生活を始めたのは、2016年の9月から。
それはつまり、中学2年の2学期から、お邸(やしき)生活を始めたということ。
9月から、だから、14歳の誕生日を迎える前だった。
まだ13歳だったというわけ。
そう振り返ってみると、わたし……とても幼い時期から。
空(カラ)になったコーヒーカップに視線を寄らせながら、
「わたし、13歳で邸(ここ)に来たのよね」
「おれは高校1年だったけど、早生まれだから、15歳だった」
「隔世の感ありありじゃないの」
「確かにな」
「あなたと邸(ここ)で出会ったとき、あなたが15歳だったなんて、ちょっと信じられない」
「へへっ」
「でも、よくよく考えたら、当時のあなたはコドモっぽいところがたくさんあった気もする」
「お行儀の悪さだとか?」
「どうしてわたしの言いたいことを先読みできるのよ」
アツマくんは静かに笑うだけ。
「……わたしだって、13歳のお子様に過ぎなくって。『もうコドモじゃないんだもん!!』って胸の内では思ってても、思うようには行かないこともあって」
「ホームシックになったりな」
「家族と離れても、ひとりでやっていけるって思ってた。ひとりで頑張らなきゃいけないって思ってた。でも、無理だった」
明日美子さんの寝室の方角を向き、
「中学時代は……しょっちゅう、明日美子さんに泣きついて、明日美子さんのダブルベッドで一緒に寝かせてもらったりして。ほとんど甘えっぱなしだった……」
「しょーがないトコもあったんじゃねーの」
明日美子さんの息子たるアツマくんは、
「いろいろな出来事もあったしな。まあ、おまえが来てからイベントには事欠かなかったから、そういう点では楽しかったが」
「イベントって。ホントにもうっ」
たしなめて、苦笑して、
「まあ退屈しなかったのなら、それでいいんだけどね。過ぎていったことでもあるし」
と言い、
「高校に上がってからも、いろんな出来事は起こりっぱなしで」
「おまえがおれに告白したりとかな」
「あっあのねえっ、いきなりそんなこと言わないでよっ。わたしの体温が倍になっちゃうじゃないの」
事実だけど。
「……あなたを好きになりたての頃は、体温が倍どころじゃなくて10倍みたいな状態だったかもしれない」
「おれを見ると?」
「……そうよ。そんな感じだったの」
「体温360度ってか。すげえなぁ」
どうしようもなくなってきて、つらくなる。
『少女すぎるぐらい少女だった頃』の自分の感情が、どこからか、わたしに戻ってきているような錯覚を覚えて。
それで、恥ずかしくなって、うつむく。
ちょっとはアツマくんも照れくさくなってよって思っちゃう。
恥ずかしさを、バネにして。
わたしはいきなり立ち上がり、アツマくんを驚かせる。
「ど、どーしたか」
瞬時に、
「あなたも立って」
と告げる。
大人しくアツマくんが従う。
わたしはアツマくんが座っていたソファの側(そば)に移動する。そして彼の横から、
「こっち向いて」
と言い、振り向いた瞬間に彼の右手首を左手でギュッと握る。
「だから、どーしたんだよ、どーしちゃったんだよ、おまえ」
「鈍いのは変わらないのね」
ひとこと告げ。
わたしは、かぶりつくように、アツマくんに抱きついて、彼の背中から両腕を絶対に離さないようにする。
それから、彼の上半身の中心部に、わたしのオデコを押し付ける。
「愛情表現かいな」
「そーよ」
「幼いな」
「ありがとう」
「……フンッ」
「コドモで悪い?」と、オデコを押し付け続けつつ、甘く幼くした声で彼に言いつつ、笑う。
「バドミントン」
そんなワードをいきなり発したわたしは、
「あなたとバドミントンしたい。庭を使ってやってたでしょ? むかし」
「……ああ、やってたな、そういえば」
「何回もやってたでしょ? ちゃんと思い出してよ」
「……ごめん」
「謝らないで、思い出して」
要求しつつ。
彼の上半身の中心の暖かみを、わたしは、全身で味わって。