【愛の◯◯】「わからずや。」

 

放課後になるやいなや、羽田利比古くんの教室までダッシュして、彼を教室入り口まで呼んだ。

それから、有無を言わさない勢いで、学食へと連れて行かせた。

道中で注目の視線を浴びた気もするけど、そんなことには、かまけていられない。

 

× × ×

 

100円玉を2枚入れる。

カルピスソーダのボタンを押す。

 

とんっ、と羽田くんの手もとに紙コップを置いてあげる。

「どうぞ飲んでください」

わたしは言う。

すると羽田くんは、

「100円、出すよ。おごられるの悪いし」

「……黙って飲んでくださいよ」

「コワいなあ」

……。

とぼけてほしく、ない。

「猪熊さん」

わたしに向かって、

「まだ、きみから用件を聞かされてないよね」

と彼は。

「それは今から言います」

答えると同時に、椅子に座る。

……見つめ合えない。

視線を当てる場所に迷ったあげく、喉仏(のどぼとけ)の下あたりを見る。

すううっ、と息を吸ってから、

「まず――。

 終業式の日は、すみませんでした。

 あなたが苦労して作り上げたイベントから、逃げた」

『KHK紅白歌合戦』のこと。

式のあとで、そのイベントが開始される直前に、わたしは体育館から出ていた。

「いいよ」

恐らく微笑み顔で、彼は、

「猪熊さんにも、いろいろあるんでしょ」

と。

「そ、それでっ、」

焦り気味に、わたしは、

「そのことに関係して、もうひとつ。

 あの日、体育館から逃げ出したことの、罪滅ぼしも……あ、あるといえばっ、あるんですけどっ、」

「いきなりぼくのお邸(やしき)に来て、クリスマスプレゼントを渡したこと?」

 

うつむいてしまう。

首を縦に振る、代わりに。

 

「いいプレゼントだったよね」

彼のほうからプレゼントの感想を言う流れになってしまった。

『どうでしたか?』と、こちらから訊くこともできずに。

くちびるを噛む。

「聴いてるよ、あのCD。ぼくにはクラシック音楽のクの字もわかんないけどさ。教養が足りなくて、聴いた印象を上手く説明できない。だけど、いい演奏だっていうことだけは、わかるかな」

 

「教養が足りないとか……どうだっていいのに」

 

「? 猪熊さん?? 今、なんて」

「なんでもありません」

「いや、あるでしょ」

ありませんっ

「どーしたの、大丈夫?」

プレゼント、もうひとつ、ありましたよね!?

 

叫ぶように言ってしまった。

恥ずかしい。

甲高い声。

わたしがわたしじゃない声。

 

「…英語の絵本、だよね」

「そうよ。選ぶのに苦労したの」

タメ口になっていく。

たぶん、わたしがわたしじゃない状態だから。

「読んでくれたのよね?」

「そりゃーもう」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「……」

「飾ってるよ」

 

「――えっ?」

 

「窓際に飾ってる。綺麗な装丁(そうてい)だったから」

 

一気に、顔を上げる。

彼の、羽田くんの顔が、視界に。

 

「あ……あんまりわたしを、はずかしがらせないでよ」

「え」

クリスマスはもうすぎてるでしょっ

「エーッ、クリスマスとかお正月とか関係ないよ、あの絵本はインテリアとして今後も――」

わからずや。

「エエーーッ」