【愛の◯◯】ボロ倉庫の裏で

 

今週末は、いよいよ共通試験。

ま、いまさらジタバタしたって、しょーがないよね。

平常心だ、平常心。

 

× × ×

 

ウッツミーが、池に小石を投じる。

小石がポチャン、と着水して、細やかな波紋が広がる。

「なかなかのコントロールと球速じゃんよ」

池のほとりに腰を下ろしているウッツミー。

その背後から言うわたし。

「名投手って感じ」

「……おれは投手じゃなかったから」

そうだったけどさ。

 

水面に視線を凝らし続けるウッツミー。

なんだか近寄りがたい雰囲気。

近寄りがたいといっても、わたしは近寄ってるんだけど。

 

無言なので、揺さぶってみたくて、

「ねえウッツミー、質問いい?」

「質問?」

「そ。そこそこ大事な質問」

わたしに背中を向けたまま、

「なんだよ。言ってみろよ」

「あんた、共通試験、たぶん受けないよね?」

「受けない」

素早く返ってくる答え。

「共通試験どころか、私立大学の入試も受けないんじゃないの」

踏み込んでいくと、

「なんで、わかった?」

と訊き返されたから、

「そういう雰囲気だったもん。ここ数ヶ月、ずーっと」

と答える。

それから、背中めがけ、

「どーするつもりなの? 専門学校が進路希望とかなの?」

と、また、踏み込む。

そしたら、ウッツミーは、首を横に振った。

 

不可解。

 

「じゃあ、どんな道を選ぶってゆーの、あんたは」

シリアスな空気が出始めてくる中、わたしは問うた。

もう、ほとんど、問い質(ただ)し。

 

ガバッ、と突然、ウッツミーが立ち上がった。

びっくり。

 

一転、わたしに正面から向き合ってくる。

真正面で見つめられたわたしのびっくりは……止まらない。

 

「ど、どしたの、」

「小路(こみち)」

「な、なーに、」

「ボロい倉庫が、近くにあっただろ」

「…むかし、サッカー部の物置きになってたとこ?」

「そうだ」

「ボロ倉庫が、どうかしたの」

「あの倉庫の裏に、来てくれ」

 

「えっ」

 

「来てくれ。おれといっしょに」

 

びっくりにびっくりにびっくりが重なる。

 

揺れ動くわたしの心理に構うことなく、

「おまえ、『大事な質問』って言ってたけど。

 おれは、もっと大事なこと、話したくて」

 

そんな。

 

倉庫の裏って。

◯◯なことの、定番シチュエーション。

でも、でも。

いきなり◯◯だなんて、唐突すぎる。

文脈がない。

だから。

ウッツミーがいま言ってる「大事なこと」って、恋愛感情告白的ななにかとは、ぜんぜん違うことなんだと思う……けど。

 

× × ×

 

ボートレーサーの養成所を、受ける!?!?

 

大きな声が出てしまった。

「バカ。素っ頓狂な声出すな」

ウッツミーはたしなめるけど、

「……出すしかないじゃん。寝耳に水なんだもん、完全に」

「そんなに意外だったか?」

「あたりまえ」

「伏線は、割りと張ってたつもりなんだが」

「気づくわけないよ」

「野田昇吾がどうとか、ダイエットがどうとか、言ってたろ」

「……言ってた気も、するけど」

「案外、鈍感だな」

少し眼を逸らして、わたしは、

「養成所って、いったい、どこにあるの」

と訊く。

10秒間の沈黙。

それから、

 

「福岡県」

 

と、ウッツミーが、告げる。

 

それって。

 

「もし養成所に受かったら、あんた、福岡に――」

「そうなる」

 

なにを言えばいいか、わかんなくなるわたし。

 

遠すぎるから。

あまりにも、遠すぎるから。

福岡だなんて。

 

わからなかった。

なんでなのか、わからなかった。

気安く話せる異性っていうだけだった。

異性の友だち。そういう認識だけ、持っていた。

それなのに。

遠ざかっていく、という事実が、食い込んできた瞬間に。

巨大なショックが、わたしをどんどん、包み込んできている。

 

 

ボロ倉庫の壁を背にしているわたし。

眼の前の存在が、わたしをつらい気持ちにさせてくる。

 

 

× × ×

 

その夜は勉強も手につかなかった。

明日以降も手につく保証は、なかった。

 

責任とってよ、ウッツミー

 

ココロの中で呟くたびに……、

危うくなっていく。