JR某駅でハルくんと落ち合う。
「午後の講義は休講なんだって?」
訊いてくるから、
「そうよ。教授がワイドショーに出るから」
と答えるわたし。
調子のいい声で、
「さすが」
とハルくん。
なにが「さすが」なのかしら。
それに、調子のいい声なんだけれど、お調子者一歩手前の声って感じよね?
きっと自覚してないのね。
さすがはハルくんだわ。
年明け早々、こんなに浮(うわ)つくことができるなんて、もはや才能よ。
「アカ子、お腹すいたでしょ」
余計な。
「お昼どーする? ラーメンでも食べる?」
余計が積み重なってきているので、
「ラーメンは無しよ」
とキッパリ言う。
「なんで。嫌いなの、ラーメン」
答えを言う代わりに、ハルくんの右手首をギュッ、と掴(つか)む。
「言ってなかったけれど、わたし、あなたと行ってみたいお店があったの」
「ランチが食べられるお店?」
「そうよ」
「食べ放題か」
な、ななっ。
「ち、ちがうわよ」
「なーんだ、アカ子は食いしん坊だから、てっきり――」
× × ×
帰宅するなり、蜜柑に不満をぶちまけまくった。
チャラチャラしたテンションで、わたしの弱点を突いてくる――どうしてわたし、こんな男の子を好きになったのかしら!?
「手が出る寸前だったわ」
蜜柑にぶちまけるわたし。
すると蜜柑は、
「暴力はいけませんよ」
「わかってるわよ。だけれど、彼が無神経すぎると、カーッとなって……」
「サディスティックな」
「さ、サディスティックとは、ちょっと違うんじゃないのかしら」
余裕の微笑みで、
「ハルくんも我慢強いですよね」
「我慢強い……?」
「攻撃的なお嬢さまを、受け止めることができていて」
「う、受け止めるってなによ」
「受け容(い)れる、って言ってもいいんですけど」
「……?」
「正直に言って、かなーり面倒くさいじゃないですか、お嬢さまにしたって」
× × ×
怒って階下(した)に下りた。
階段を踏み鳴らしながら。
「面倒くさいじゃないですか」なんて言われる筋合い、ない。
蜜柑。あなたのほうが圧倒的に面倒くさいんだから。
お酒で酔わせたいわ。
アルコール激弱だっていう、あなたの弱みにつけこんで……!!
完全にアルコール・ハラスメントな目論見を、ココロの中で練り上げつつ、ダイニング・キッチンの方面へと向かっていた。
冷蔵庫のお酒を取りに行くためでは、断じてない。
ダイニング・キッチンへ行く途中の居間で、お父さんがプラモデル作りに熱中していた。
「おー、どうしたアカ子、なんだかピリピリしてんな」
大会社の社長だとは思えないノリで、わたしに話しかけてくる。
「お父さんは、プラモ作りに専念していてください」
「まーまー、たまには父娘(おやこ)水入らずで――」
「おしゃべりしながらプラモデルを作る気なの」
「だってオレ器用だし」
「……」
言い返せず、無言になってしまっていると、
「アカ子ぉ。
『機甲創世記モスピーダ』ってアニメ、知ってるか」
知ってるわけないじゃないの。
なんなのよ、お父さん!?
「これ、『モスピーダ』のプラモなんだ」
「……それで?」
「今年で放映40周年。フジテレビで日曜朝に放映されてた」
『モスピーダ』なるアニメについてのお父さんの講釈に足止めされ、ダイニング・キッチンに入っていけなくなる。
「主題歌がいいんだよ。オープニングもエンディングも名曲でな」
「お父さん。ここで歌い出したりしないでしょうね」
「エーッ歌っちゃダメなの」
「ダメ!!」
「ちぇーっ」
「……」
「オープニングは、『失われた伝説(ゆめ)を求めて』って曲名で」
えっ。
その曲名って。
「――マルセル・プルースト??」
「プルーストがどーかしたか」
「だってお父さん、『失われた伝説(ゆめ)を求めて』って、完全にプルーストの小説の捩(もじ)りでしょ」
「マジ!? おまえも賢いなあ!!」
……芽生え始める破壊衝動。