【愛の◯◯】タイミングと先輩の『後悔』

 

「お久しぶりです、加賀先輩」

「おうよ、水谷」

「――変わってませんね」

「そうか? どこらへんが?」

「もっと痩せてるんじゃないかって思ってて」

「へ!?」

「その……浪人生活のストレスとかで」

「水谷、おまえの認識も……なかなかだな」

「すみません……」

恐縮のわたしを加賀先輩はジッと見てくる。

どうしてなのかな。

「水谷はおれのこと、『変わってない』って言ったけど」

「はい」

「おれは、おまえが少し『変わったな』って思う」

!?

「ど、ど、どのあたりがですか」

「帽子をかぶってないところ」

帽子!?

「おまえ、なかなかの『野球帽キャラ』だったろ。スポーツ新聞部の取材に行くときとか、しょっちゅう野球帽かぶって出向いてて」

「そんなに……しょっちゅう……でしたか??」

「おれの思い込みかもしれないが」

苦笑いの先輩は、

「てっきりこの場に野球帽かぶって来ると思ってたんだがな。でも、なんにもかぶって来なかった」

 

× × ×

 

都市公園の緑あふれる並木道を並んで歩いている。

帽子がないからか、少し眩しい。

「……気を悪くしたか?」

加賀先輩が唐突に言った。

「野球帽絡みの話題は余計だったか」

「いえ……余計じゃなかったですよ」

「それならいい」

 

奇妙なシチュエーションになっていると思う。

1個上の男子とふたりだけで会う。

そしてこうやって、並木道を並んで歩いている。

……人生相談したいから、わたしは彼とふたりで会うことを望んだんであって。

これは人生初デートとかそんなんじゃない。

断じて違う。

それに。

それに……それに……わたしがいちばん「男子」と認識している男子は、加賀先輩ではなく……。

 

会津はなんて言ってるんだ?」

 

え、え!??!

 

「おまえの『夏休みが終わったら辞める』っていう意向に対して、会津はどういうスタンスなんだ」

……。

胸の奥が渦巻くのを感じながら、わたしは、

会津くんのスタンスが……先輩はそんなに気になるんですか」

「ああ。日高のスタンスよりもな」

「ど、どうして!? ヒナちゃんをさしおいて、どうして会津くんのことを……」

「おまえ会津が気になるんだろ」

 

絶句。

 

「本宮(もとみや)がおれに伝えてきてたぞ。会津に対するおまえの態度がおかしいと」

恐る恐る先輩に眼を向けた。

右隣の先輩は、やや右の方角を見上げていた。

「だからな」

先輩は続ける。

「『おまえの意向に対する会津のスタンスはどうなんだ』とかおれは言ったが。もっとぶっちゃけさせてもらうならば――水谷、おまえの部活引退にまつわる云々よりも、おまえの『感情』が知りたいんだ」

「かん……じょう……??」

わたしの口から小学生みたいなコトバが漏れ出てしまう。

幼く弱いリアクション。

情けないわたしに、やや強い風が吹き付けてきた。

ばたばたするスカートを押さえる。

右隣の加賀先輩の歩く足が止まった。

わたしは眼下(がんか)のアスファルトしか見られない。

「もっとぶっちゃけても、いいだろうか」

なにも言わないわたし。

なにも言えないわたし。

「――だめか」

苦笑いの混じった声で、

「『おあずけ』にしといたほうが良さそうだな」

……ごめんなさい。

先輩。

先輩が優しく配慮してくれるのは嬉しいけど、わたしすごく情けない。

「だけども」

……?

「今日おまえにいちばん伝えたいこと……伝えにゃならんことが、あってさ」

気付けば先輩の顔を見上げていた。

彼は少しはにかむ。

はにかんで、それから、

タイミングを逃したら……もう、それっきりだぞ

と。

彼はさらに、

「『あとの祭り』ってコトバの意味は水谷なら分かるよな」

素直に、

「……分かります」

とわたし。

夏の雲の峰に向かうようにして、

「おれの予備校、徳山すなみさんも通ってた予備校なんだ」

と先輩。

「たぶん知ってるだろ、おまえも。――彼女が3年生のとき、勝手に一方的に惚れ込んで、でも、気付いたら彼女は……徳山さんは、同級生男子の濱野さんと、くっついちまってて」

……片思いの挫折を語る先輩は、

「悔しかった。涙が出ちまうぐらいに」

とコトバを足した。

失恋の悔しさで涙が出たということさえも打ち明ける彼に、びっくりしてしまう。

また風が吹いた。

飛ばされる野球帽をわたしはかぶっていない。

中途半端な長さの髪が揺れるのを感じ取るだけ。

「――風の噂によると、現在(いま)、徳山さんと濱野さんのカップルはラブラブみたいだ」

加賀先輩は左の頬をぽりぽりと掻く。

言いようのない気持ちみたいなものが、わたしの胸にせり上がってくる。

 

× × ×

 

タイミング。

『あとの祭り』。

 

わたしがやるべきことは――きっと。