夕食後の、のんびりタイム。
いつものごとくダイニングテーブルで愛と向かい合う。
そしていつものごとく愛は熱いブラックコーヒーを飲む。
「なあ。おまえは明後日、東京競馬場に行くことになったわけだが」
「行くわよ」
「土曜日だよな? G1レースは日曜日しかやらんのだろ? おまえが競馬場に行く次の日には『フェブラリーステークス』っていうG1レースがあるみたいじゃないか」
「そうね。フェブラリーステークスは東京競馬場のG1」
「なぜ、現地でG1レースが観られる日でなく、その前日の土曜日に……」
「わたしを招待してくれた馬主さんの都合が、半分」
「残り半分は?」
「馬主さん、競馬場が混雑してない日のほうが好きなんだって。ほら、G1レースの日だと、スタンドが観客で埋め尽くされるでしょ」
「ふむ……」
「人の少ない競馬場のほうがわたしも『やりやすい』んじゃないか、って配慮もあるのよ」
「なるほど。競馬場が賑やかで騒がしいと、おまえすぐにエキサイトしちゃいそうだもんな」
愛は途端に苦い顔になり、
「からかわないでよっ」
と言うが、
「確かにわたし……そういう性格なんだって自分で思ったりもするけど」
とエキサイトしやすいのを認めた。
「しかし、おまえを招待した馬主さんと、どんな繋がりがあったんだよ?」
「わたしの知り合いの知り合いだったの」
「馬主さんが?」
「馬主さんが。」
知り合いの知り合いとは、なかなか距離が近い。
「『繋がり』についてアレコレ言わんほうが良さそうだな」
「そうねアツマくん。なんだかんだでフィクションだもんね」
「まーたすぐに『フィクション』とか言う」
「わきまえなきゃ」
……なにをだよ。
「馬主さんってね、いろんな業界の人がいるの」と愛。
「そりゃー当たり前だろ」とおれ。
「わたしを招待(しょうたい)してくれた馬主さんの正体(しょうたい)は伏せておくわね。繰り返しになるけど、フィクションだから」
上手いコト言ったつもりですかー。
「来賓席的なトコロで観戦するんだけど」
「あれか? ドレスコードか?」
「よく分かったわね」
「イギリスやフランスの競馬場だともっとドレスコード厳しいんだろ」
「どうしてそんなコトまで知ってるの。わたしは葉山先輩からいろいろ聞かされたから知ってるけど」
「おれも葉山から聞いたんだよ」
「えっ」
「話の弾みであいつがポロッと」
「……葉山先輩もおしゃべりなのね」
「んで?? 明後日のドレスコードがおまえは気になってんだろ??」
「そうなのよ。わたしファッションに自信無いから、ちょっと不安なの」
「こんなに美人なのにな」
若干困惑しつつも、おれの発言を受け流して、
「こういうことはやっぱりアカちゃんに相談するべきなのかしら」
「あーっ。アカ子さん社交場慣れしてるもんな」
「でしょっ? 今から電話かけてみようかしら」
いつの間にやら愛の手元にスマートフォン。
「いきなり過ぎねーか。夜なんだし、明日になって相談したほうがベターでは」
「善は急ぐのよ」
「急がば回れだ」
「うるさいわね」
「うるさくてなにが悪い」
「いろいろ悪いわ」
おれとやり合うのと並行してスマートフォンをプッシュする愛。
スマホを耳に当て、
「――もしもしアカちゃん? わたしの彼氏がうるさいんで、一刻も早くアカちゃんに社交場での身だしなみについて教えてほしいんだけど」
× × ×
アカ子さんもよく困惑しないものだ。
親友として愛の無茶に慣れているんだと思う。
リビングのソファで隣同士になった。
「葉山先輩からは前もって懇切丁寧にレクチャーされたわ」
左隣の愛が言う。
「あの女は競走馬と麻雀牌のことしか見えてない節(フシ)があるよなー」
「なんてこと言うのっ」
愛がおれの左腕を引っ掻き始めた。
猫か。
「ほんとにわたし懇切丁寧なレクチャー受けたんだからっ。東京競馬場のコースごとの『戦略』だとか」
「『戦略』ぅ?」
おれの左腕を強く強く握りながら、
「ダートコースは基本4つの距離でレースがあって、1300・1400・1600・2100メートルってなってるんだけど、距離が100メートル違うだけでも『狙い』が変わってくるんだって。つまり、1300メートルと1400メートルで、好走する馬の枠順や脚質(きゃくしつ)が微妙に違ってきて……」
「ホンマかいな」
「は……葉山先輩を信じなさいよ」
「おれが信じる必要がどこにある」
「東京ダート1300は内枠先行馬なのよ!! だれがなんと言おうと」
「根拠の無い個人の意見だろ」
「個人の意見をナメ過ぎてると痛い目見るわよ!?」
「おーい」