【愛の◯◯】KHKを蘇らせたくて

 

放課後。

旧校舎の「第2放送室」にノートパソコンを運び込んだおれ。

篁(タカムラ)かなえがパイプ椅子から立ち上がり、ノートパソコンに近付き、

「なんでこのパソコン明智(あけち)先生が保管してたんだろうね。KHKの顧問じゃなかったのに」

おれは、

「一昨年(おととし)の『KHK紅白歌合戦』の総合司会だったろ、明智先生。それでKHKとの繋がりが深くなったから、パソコン預かってたんじゃねーの?」

「おー」

タカムラは感心したように、

「確かにそうだよねえ! 豊崎(とよさき)くん、案外アタマの回転速いんだね」

余計な漢字二文字が付けられてた気がするんですけど。

「おれが特別アタマの回転速いワケじゃない。これぐらいの推理なら、おれじゃなくたって可能だ」

タカムラがいきなりノートパソコンを開いた。

「このパソコンに入ってる『ランチタイムメガミックス』の音源、2022年度までのなんだよね? まだ『(仮)』が番組タイトルに引っ付いてた頃」

そう言いながらタカムラはパソコンをいじくり始めている。

昨年度、すなわち2023年度の『ランチタイムメガミックス』の録音データが入ったパソコンは放送部が所持している。

問題は、おれとタカムラが放送部の人たちとまだやり取りできていないコトである。

「いずれは放送部にも出向かないとねー」

とタカムラ。

音声がパソコンから流れてきた。

タカムラが『ランチタイムメガミックス(仮)』の音源を再生し始めたのだ。

「聴くよ。豊崎くん」

そう言ってタカムラはパイプ椅子に座り、脚を広げる。

おれもミキサーの近くにあったパイプ椅子に座る。

少しだらしない格好の同学年1年女子・タカムラと向かい合う構図。

おれとタカムラの距離は約5メートル離れている。

 

『板東(ばんどう)なぎさ』センパイがパーソナリティだった時期の録音と、『羽田利比古(はねだ としひこ)』センパイがパーソナリティだった時期の録音を1つずつ聴いた。

 

タカムラは聴き比べた感想を言う。

「なぎさセンパイのほうがお上手だね。彼女のほうがアナウンサーっぽい。利比古(としひこ)センパイのほうは素人っぽい。喋るのに慣れてない感じする」

おおむねタカムラに同意だった。

なので、

「意外に意見が合うもんだな。なぎさセンパイのほうが上手(うわて)だ」

「ねーねー」

いきなり前のめりになったタカムラが、

「利比古センパイ、ラジオ番組でのお喋りは不得意だったみたいだけど」

と言い、ニヤけた表情で、

「すっごくモテてたみたいだよ、彼。とんでもないハンサムで、日常的に下駄箱にラブレターが入ってたんだって」

「どっからゲットしたんだよ、そんな情報」

「現代は情報の伝達速度がとっても速いんだよ」

タカムラがだんだん面倒くさい女子になってきている。

「伝達するプロセスで、情報が『盛られ』たりするんじゃねーのか? 『日常的に下駄箱にラブレター』って、信ぴょう性あるんかいな。それこそ『盛られ』てると思うが」

豊崎くん、『信ぴょう性』なんてコトバ、良く知ってたねえ」

「ば、バカにすんなタカムラ。もう高校生なんだぞ」

黒髪ストレートのタカムラは右手で頬杖をつき、ジワッ、とおれに視線を流し込んでくる。

もう高校生なのだが、こういう女子の仕草には慣れていないので、ちょっと焦る。

それからタカムラは、

豊崎くんがKHKを復活させたい理由、『ランチタイムメガミックス』みたいな校内放送をやりたかったから、なんだよね?」

「校内放送やりたかったから、だけじゃないけどな」

「でも校内放送は大きな理由でしょ」

頬杖をやめたタカムラは背筋を伸ばす。

「『ランチタイムメガミックス』を引き継いでいくのなら、豊崎くん、キミがパーソナリティになるのが筋(すじ)ってモノだと思うんだけど。果たしてキミに務まるのかな」

制服スカートのすぐ上の辺りで腕組みするタカムラ。

「『信ぴょう性』ってコトバ知ってたし、ボキャブラリーは心配ないかも、だけどさ。さっきの録音聴いて分かった通り、フリートークの技術が必要だよ?」

タカムラはさらに、

「いきなり『おれが『ランチタイムメガミックス』やりまーす!!』って宣言したとしても、キミが番組で即座に上手くお喋りできるとは思えない。もし放送中に黙りこくったりしたら、放送事故で問題になっちゃうよ」

腕組みを続けたまま、

「そこんとこ、どーなの!?」

困って弱ったおれは、

「……」

と、なんにも言えなくなる。

「黙っちゃうんじゃん。『放送事故』じゃん」

つらくなって、タカムラと眼を合わせられず、微妙すぎる空気が数分間流れる。

……苦し紛れに、

「タカムラ。おまえは、どうよ」

「はぁ!?」

漫画だったら『怒りの筋のマーク』がタカムラの頭部に付いているコトだろう。

キレさせてしまった。

「キミもしかして、わたしにパーソナリティをしてほしいとか思ってる!? 責任転嫁!?」

ふたたび、苦し紛れに、

「かしこいんだな、タカムラ……。『責任転嫁』ってコトバを知ってるとは」

がばああっ! とタカムラが立ち上がってしまった。

ずんずんとおれの座る場所に接近。

両方の腰に手を当てて、座りっぱなしのおれに顔を近付けてくる。

15年間の人生で初めてのシチュエーション。

「たっ、タカムラさん!?!? 距離、詰め過ぎてない!?!?」

「詰め過ぎじゃないよ。キミが消極的過ぎるだけ」

「……胃が、痛くなってきた」

「なにオヤジ臭いこと言ってんの!? 15歳男子に胃薬なんか必要ないでしょ」

確かに……。

確かに、そうなのかもな。

 

……タカムラ。
おまえの勢いに、完敗だよ。
向こう1年間、おまえには勝てそうに無い……。