【愛の◯◯】『理由』と耳打ち

 

「……はい、続いてのおたより。

 ラジオネーム『まぐまぐマングース』さんから……。

 

『いつもお昼休みに楽しく放送聞いてます。質問なんですが、板東さんは、夜寝るときに靴下を履きますか?』

 

 ――お答えしましょう。

 履きます。

 靴下、履いて寝ます。

 

 えっと、理由は……理由は……。

 

 んーっとね……。

 

 ゴメン、うまく理由を説明できないや。

 なんでかな。

 

 ゴメンね。

 靴下履いて寝る理由は、またこんど。

 

 申し訳ない。

 

 ――音楽でも、流そっか」

 

 

先延ばしにしたからといって、靴下履いて寝る理由をちゃんと説明できる保証はない。

説明を、保留にしてしまったら、いつまでたっても保留のまま……というのがよくあるパターン。

せっかく『いつも楽しく聞いてます』っておたよりに書いてくれてるのに、リスナーの期待に応えられなくて、じぶんがイヤになる。

 

ランチタイムメガミックス(仮)が不調で、気が重い。

ランチタイムメガミックス(仮)だけが不調なわけじゃないんだけど。

 

模擬試験の結果が示す厳しい現実。放課後のKHKでうまく振る舞えないもどかしさ。

 

四六時中、下を向いて歩いてる気がして。

 

× × ×

 

学級日誌を担任に渡して、職員室を出て、それからトボトボと歩いていた。

そしたらば、

「なぎさ、前向いて歩かないと、危ないよ?」

という声が、正面から聞こえた。

 

放送部前部長の北崎沙羅(きたざき さら)ちゃんが、立ちはだかっていた。

 

「……サラちゃん」

「なんか、どよ~んとしてない? あんた。なんでそんなに暗いの。あんたはいつから陰キャになったの」

陰キャ、か……。

そうかもね。

「きょうのランチタイムメガミックス(仮)も、ひどかったじゃん」

え。

聞いてたの。

「どうせ聞いてないだろう、とか思ってた?」

「……うん。思ってた」

「あまーい」

「……」

 

こころなしかサラちゃんはわたしに近づき、

「KHKに行けるって調子じゃなさそう。……なぎさ、あんた、じぶんでも、KHKに行くのがおっくうだとか、思ってんじゃない?」

 

おっくうなのは……認めざるをえなかった。

 

「寄って行きなよ、放送部。あんたは少し羽根を休めたほうがいいと思うよ」

「羽根を休めるって。だいいち、KHK会長のわたしが、放送部に寄って行くなんて、不都合がありそうで――」

「なに言ってんの!?」

「さ、サラちゃんっ――」

「なぎさがもといた場所じゃないの、放送部は!」

「た、たしかに、最初は放送部だったけど、わたし」

心底『しょーがないなあ』という表情でサラちゃんは、

「あんたが放送部に来たって、ほかの子はだれも気にしないし。足踏みする必要なんて、なにもないから」

 

× × ×

 

サラちゃんが差し出したお茶のペットボトルが、とても温かかった。

放送部の現役部員は、全員、ガラスの向こうのスタジオで、発声練習や打ち合わせをしていた。

だから、サラちゃんと、ふたりきり状態だった。

 

「――飲みなよ」

促されるままに、ペットボトルのお茶を飲む。

温かくて、少しこころが落ち着く。

 

「きょうは、下校まで、この部屋にいたらどう?」

そう勧めてくるサラちゃん。

迷う。

迷う……けど、KHKに向かって行くのに、すごい抵抗感があって。

 

「ま、なぎさの好きにしたらいいんだけどさ」

穏やかさを増した口調で、サラちゃんは、

「……いろいろ不調を抱えてるんだよね」

とわたしに言う。

「どんなことがストレスなのか、ほじくったりするつもりは、最初っからない。そっとしておくのが、わたしの務め」

「そうしてくれると……わたしは、ありがたい」

「だけど、会長のなぎさが、KHKをずっとサボり続けるのも、それはそれで由々しき問題になってきちゃうな」

 

――吐き出して、みたかった。

なにを?

――KHKから遠ざかってしまいそうな、理由を。

 

どうして逃げようとしているのか、避けようとしているのか。

 

「サラちゃん」

「なに?」

「耳貸して」

「……なんで?」

 

彼女の疑問を無視して、耳打ちした。

 

突然に耳打ちされたことと、耳打ちした内容、両方に驚いた様子で、しばらくサラちゃんが無言になった。

 

「びっくりした?」

静かにわたしは言う。

「びっくりさせちゃって――申し訳ないな」

 

まだ驚いているサラちゃんだったが、ようやく口を開き、

「――謝らなくてもいいと、思うけど」

 

わたしには、わかった。

サラちゃんの驚きが、しだいに、戸惑いに変化していってるということが……。

 

「なぎさ。――なんで、黒柳なの?」

 

「声が大きいって。サラちゃん」

 

「――大きくないから」

 

「わたし的には、大きい声だったんだよ」