渋谷まで行って、話をするつもりだった。
だけど、なぎさは、『渋谷よりもっと遠くがいいです』って。
あからさまにワケアリだと思いつつ、じゃあどこまで行きたい? と訊いたら、
『大森……まで、とか』って。
そりゃずいぶんと遠い場所を。
なにがあったんだろう。
× × ×
大森駅ビルの上空が、かなり暗くなってきている。
アトレ1Fの某コーヒーショップに、私となぎさは入る。
なんでも好きなもの頼みなよ、私、大学生なんだからおごってあげるよ……と言ったけど、なぎさは控えめに注文していた。
「――帰りの時間、大丈夫なの? 門限とかないの」
「ないです」
「そっかぁ」
「すみません、甲斐田先輩……わたしのワガママで、山手線の外にハミ出てしまって」
「いいよいいよ」
「……」
「ワケアリなんでしょ?」
「はい……。ここまで来たら、同じ学校の生徒に話が漏れることもないと思ったから」
「よっぽど漏れたら不都合なことなんだ」
「……いずれは、漏れてしまうのかもしれませんけど」
やれやれだな。
「なぎさと落ち合う前に――放送部を訪ねてみた」
「アポ無しで、ですか?」
「うん、ほとんど私の気まぐれ。みんなビックリしてた。沙羅(サラ)が部室にいてくれてたから、助かった」
「サラちゃんは引退して、部長は代替わりしてて――」
「猪熊亜弥ちゃん」
「……だそうですね」
「沙羅とはひと味もふた味も違ったタイプなんだよね」
「猪熊さんが入部したときにはもう、わたしはKHKに行っていたので、彼女のことはあまり知らないんですが……」
「だよねえ。――とっても礼儀正しい子なわけよ。礼儀正しすぎるぐらいに」
いったん、沈黙してから、なぎさは、
「サラちゃんが――いたんですよね」
「いたよ。けっこうしゃべったよ」
「……」
「沙羅のこと、気になってるの?」
「……」
「黙ってたら、わかんない。私はなぎさの本音が知りたい。あんまりはぐらかしたら、怒っちゃうぞ」
「……コンディション」
「コンディション?」
「サラちゃんは……どんなコンディションでしたか」
「元気そうだったか、ってこと?」
無言でうなずくなぎさ。
「――元気だった。すこぶる」
事実を嘘偽りなく伝える私。
なぎさは、ナヨナヨと、
「真反対ですね、いまのわたしとは」
「かもしれない」
またもや、沈黙のなぎさ。
見かねて、
「……どうしたの? 調子、上がらないの?」
「……上がらないです」
「なんで?」
「原因は……ふたつあって」
「ふたつ?」
「ひとつは、将来の夢に関する悩み」
「ふむ。……もうひとつは?」
「もうひとつは……もうひとつは……」
「勇気を出して言ってごらんなさいよ」
「……に、人間関係のことでっ、悩んでっ」
人間関係?
「人間関係って――KHKが、ギスギスしてるとか?」
「ちょ……ちょっと違います、違うんです、ハイ」
この、慌てぶりは……。
思い当たる節がある。
なぎさの顔をじっくりと見つめて、
「なぎさってさ」
「……先輩?」
「黒柳くんと、しょっちゅうケンカしてるでしょ」
なぎさの慌てぶりが増して、
「よ……よくわかりましたね、先輩。で、でも、ケンカしてるってだけですよ」
「……嘘が下手だよ、なぎさ。」
なぎさが凍りつくような顔になった。
「あちゃあ」
「……」
「クリティカルヒット、か」
「……」
しばらく、押し黙った。
押し黙りのあとで、マグカップの中身を、一気に飲み干した。
それから、悩みのなかの後輩は、震えの混じった声で、語り始めた。
「なんにも見えてこないんです。将来の夢の可能性や現実性も。異性に対するじぶんの気持ちの正体も。先輩には初めて告白しますけど……夢、っていうのは、アナウンサー。異性、っていうのは、黒柳くん」
「――アナウンサーになりたいんだ、なぎさ」
「なりたい……です」
「素敵な夢じゃん」
「……言ったの、ふたりめ」
「ひとりめは、だれだったの?」
「……黒柳くんです」
――びっくり。
なんて言っていいか、わからない。
夢を初めて打ち明けた男の子のことが、気になっている。
そういうことなんだよね……なぎさ。
だったらさ。
「――背中を押してくれてるって感じがする?」
「……だれが、ですか」
「黒柳くんが、に決まってるでしょ」
ほっぺたに赤みがさすのを、私は見逃さない。
「自覚があるんだね。押してくれてる、っていう」
赤く染まるほっぺたのまま、視線が上がらない。
「――ハッキリしてるんじゃないの、気持ち。
なんだか嬉しいよ……私。
ようやくやってきたんだね……なぎさにも、そういう感情が」