【愛の◯◯】大井町さん、白石うららを模写して、新田を屈服させる

 

カッコウの許嫁』という漫画を読んでいる。

 

「お、ワッキーが、『カッコウの許嫁』を読んでいる」

僕の左斜め前の新田が、食いつく。

「なかなかに渋い趣味だな、ワッキー

「渋い……?」

「現在の週刊少年マガジンのラブコメ群から、『カッコウの許嫁』をチョイスするとは」

 

新田が「渋い趣味だな」と言った理由が、わからない。

わからないままに、新田が饒舌(じょうぜつ)になっていく。

 

× × ×

 

ひとしきり『カッコウの許嫁』について語りまくったあとで、新田は、

吉河美希先生は、『ヤンキー君とメガネちゃん』や『山田くんと7人の魔女』の作者でもあるんだよ」

「――あっ。『山田くんと7人の魔女』って、聞いたことある。アニメになってたよな?」

「なってた。2015年4月期だったと思う」

「……よく放映時期がパッと出てくるな」

「アニメの、オープニング映像は、今後もずっと残っていくと思うね」

「……なるほど」

 

「『山田くんと7人の魔女』の単行本も、ここの棚にあったはずだぞ」

そう言うやいなや、立ち上がり、本棚を物色し始める新田。

 

……ところで、新田の真向かいの席に、大井町さんが座っているのである。

サークル部屋に入ってきたときから仏頂面だった彼女。

新田が本棚を物色し始めてから、仏頂面の度合いが、ますます上がっているような気がするのだが……気のせい?

 

気のせいで、あってほしいのだが……。

ピリピリムードは、イヤだぞ、僕……。

 

 

「――ほら。これが、『山田くんと7人の魔女』の第1巻だ」

単行本を差し出す新田。

ペラペラと、めくってみる。

 

「なんだか――現在(いま)と、絵柄がだいぶ違うんだね」

「現在(いま)の『カッコウの許嫁』とは、違うな」

「――真島ヒロっぽくない?」

おー、ズバリだな!! ワッキー

 

……あんまり大声出すと、大井町さんの導火線に火がついちゃうと思うんですけど。

 

「実はな、吉河美希先生の師匠は、なにを隠そう、真島ヒロ先生なんだ」

「……マジか」

 

新田は、『山田くんと7人の魔女』単行本第1巻を僕の手から取り返して、表紙をしげしげと眺め、

「タテの変化ってのは、面白いよな」

「タテの変化?」

「同じ作者でも、前後の作品で、絵柄や作風が変化する。そこが面白い。

 俺はいま、『探偵学園Q』を読み返しているんだが、同じ天樹征丸さとうふみやコンビの『金田一少年の事件簿』とは、探偵推理モノという点では共通しているが、作風に微妙なズレが存在していて――」

あーもう! うるさいわね!!

 

 

……怒った。

怒った。大井町さんが。

怒鳴った。新田を、大井町さんが怒鳴りつけた……!!

 

 

ベラベラしゃべってないで、じぶんのやるべきことをしたらどうなの!? 新田くん

 

新田は呆然としつつ、

「やるべき……こと……って」

 

「じぶんの創作を前に進めなさいってことよ。完全に、ただのオタクじゃないの、いまの新田くんは」

 

「ただのオタク」と一刀両断され、青ざめる新田。

 

――大井町さんは、なぜか、高圧的な笑顔になって、

「ねえ。

 わたしの画力――見せてあげようかしら。

 新田くん、あなたが同じところをグルグル回っているあいだに、わたしの画力はずいぶん前に進んだのよ」

 

「が……画力、見せるったって、どうやって」

とうろたえる新田に、

「わたし、いまから、その娘(こ)を描いてみる」

と、『山田くんと7人の魔女』第1巻の表紙を指差して、宣言する彼女。

「……白石うららを、いまから!?」

「――白石うららっていう娘なのね。新田くん、情報提供にだけは感謝するわ」

「……描くったって。初めて眼にするキャラを模写するのは、難しい――」

 

――新田が言い終わらないうちに、すごいスピードで、大井町さんは手を動かし始めていた。

スケッチブックに、ノンストップで模写していく。

僕と新田は呆気にとられる。

 

× × ×

 

 

「――できたわよ。これでどうかしら?」

 

 

すごく……うまい。

素人目にも、うまい。

 

 

「に、新田……どう思う」

「……」

「お、おい、反応してくれよ」

「……」

 

茫然自失に限りなく近い状態で、ヘナヘナの声で、

「完璧な……白石うららだ。」

と新田は言う。

敗北宣言なのか……と僕が思っていると、

「俺より……大井町さんのほうが、デッサン力、高い……」

と、アッサリ負けを認めてしまった。

 

し、しっかりしてくれよ、新田!?

燃え尽きるには、まだ、早すぎるぞ……!?