利比古くんとふたりで出かけるのも、何度目だろうか。
行った先で、お昼ごはんを食べるお店を選ぶことになった。
利比古くんがとあるお店の前で立ち止まって、
「ここはどうでしょうか?」と言った。
オシャレだけど、高級そうなお店……。
恐る恐る、店頭のメニューをめくってみる。
やっぱり、お値段が、お高い。
「利比古くん……ここは、高校生には、まだ早いんでは」
「値段のこと、ですか?」
コクン、コクン、とうなずく。
が、彼は、
「ぼくが多めに出しますから。なんなら、ぼくの『おごり』でも構わないんですよ?」
「えっ……悪いよ」
「遠慮なしですよ、川又さん」
「年長者のわたしのほうが、おごられるのは……」
苦笑して彼は、
「こういうお店で、先輩も後輩もありませんよぉ」
そっか……。
「――じゃあ、いまは、あなたに甘えるね。こんどかならずいつか、お返し、させてあげるから」
「――ですか。だったら、早くお店に入っちゃいましょう」
「――うん。そうだね」
× × ×
羽田家って、やっぱり、ブルジョワなんだろうか……。
海外におられるというご両親は、いったい、どんなお仕事を?
……そういった疑問も浮かんできたが、レストランのお料理はとっても美味しかった。
強気なお値段なだけはある。
食後のコーヒーが運ばれてきた。
「美味しかったね。このお店、選んでくれて、ありがとう」
「川又さんが喜んでくれて、嬉しいです」
――カッコいい顔で笑うんだから。
まぶしくて、素敵すぎるくらいだ。
いつも、二枚目。
「どーしたんですか? ぼくの顔、じっくり見つめて」
「……」
いけない。
黙っちゃうのは、いけない。
「……お肉」
「お肉??」
「お肉が……すごく美味しかった」
「あ~」
「こんなお肉料理……めったに食べられないと思う。さいきんの川又家の食卓、お魚ばっかり並んでて、お肉から遠ざかってたから……なおさら、美味しかった」
「なるほどです」
「あなたのお邸(やしき)の献立は、バリエーションありそうだよね」
「ありますねー。たいていは、姉が献立考えるんですけど」
「さすが、センパイ」
「姉には、助かってます。……けれど、」
「え、『けれど』、って?」
「……いえ、『このまま姉に頼りっきりでいいのかなあ?』とも思うんです」
「……いいんじゃないの? 頼れるだけ頼っちゃったら」
軽い、苦笑いの、彼。
「頼れるうちに頼っとけ、ってことなんでしょうけどね。でも、なんとなく、そろそろじぶんでもがんばらないとな――っていう気がするんです」
――オトナだ。
わたしより、だいぶしっかりしてる。
コーヒーが、少し苦い。
深みのある苦みだったら、文句はないんだけど……コーヒーに関しては、専門店であるわたしの実家の勝ちだな。
「――これでコーヒーまで『しゅとらうす』のより美味しかったなら、大ショックだったよ」
とわたしは言う。
「『しゅとらうす』? ――川又さんの実家のお店でしたっけ」
「よく憶えてくれてるね。ありがとう。……わたし、コーヒーに対しては、つい、シビアになるから」
「プライド、あるんですね」
「まあね……珈琲専門店の娘としての、プライド」
× × ×
わたしは500円しか出さなかった。
これの埋め合わせは……ことし中に。
クリスマスのときとか……どうだろう。
「食後だし、ちょっと歩きましょうか」と利比古くん。
すぐ眼の前が、公園の入り口なわけだ。
「歩こう歩こう」と、その気なわたし。
レストランのすぐ近くに、大きな公園――不思議なまでに、好都合だ。
なぜこんなに都合がいいのかという疑問はおいといて、ふたり並んで、公園をぶらりぶらりと散策し始めた。
涼しくなったのはいいが、気温低下が急激で、まるで11月終わりみたいな空気。
ふと、思った。
思ってしまった。
となりの彼に、もっと近づいたら、寒さも和らぐんじゃないか……と。
だけど、これ以上、となり合ったら、肩が……触れ合う。
――やめ。やめやめ。ヘンな妄想は、ゴミ箱に捨てちゃうべき。
「――ダメだぞほのか。妄想癖なんて持ったら」
……出てしまった。
じぶん自身に言い聞かせることばが、声に出てしまった……。
「妄想癖、とは?」
ああっ。利比古くんに、疑われちゃう!
ダメ、ダメ、ダメっ。話題を変えるべき。そう、話題を大きく転換させて……!
「き、気にしないでっ。気にしないほうが難しいかもしれないけど、気にしなくていいから」
「焦りすぎですってー、川又さん」
ひとりでに火照りながらも、わたしは、
「……ぜんぜん違った話を、しようと思うんだけど」
「どうぞ、しちゃってください」
「――うん」
先週金曜日の、『メルカド』での文芸部OGとの会話を、思い出しながら。
「あのね。わたし、受験生でしょ……? 進路を、固めないといけないの。同級生の子も、どんどん進路を固めてるし」
「志望大学を決める段階ってことですか」
「……グズグズしてると、みんな、その次の段階に行っちゃう。だから、遅まきながら、わたしも『本命』を決めたの」
「――どこなんですか? 川又さんの本命大学は」
『それ』を告げるのに、いっしゅん躊躇(ちゅうちょ)したけど……。
言うタイミングはここだ、ここしかない……! そんなふうに、思い切って。
「わたしの、本命大学は――」