【愛の◯◯】兄の恥ずかしい夢と妹の60年代寄せ集めプレイリスト

 

「お兄ちゃん、どうしたの? そんな悩ましげな顔して」

「……あすか」

「お兄ちゃん……?」

「……夢を、見たんだ」

「夢?」

「そう。だけど、その夢が、その夢が……!」

「――ははあ、わかっちゃった」

「なにが」

「夢に、おねーさんが出てきたんでしょっ」

 

あ、ああ、出てきたよ、愛が。それは、事実といっていいな、うむ

 

「なーーーにキョドってんのっ!」

背中を思い切り叩くなっ!!

 

「おねーさんが出かけててよかったね」

「今朝、愛の顔、あんまり見られなかった…」

「お兄ちゃんでもそんなふうになるんだ」

「突拍子もない夢、見たからだろ…」

「もしかして、エッチな夢だったの?」

バカヤロー!!

妹をデコピンしないでっ!!

 

「……すまん」

「お兄ちゃんが取り乱すほどの夢だったのは確かみたいだね」

「だってよぉ……」

「おねーさんは、お兄ちゃんの夢に、どんなふうに出てきたの?」

「べつに……ふつうに、出てきたよ」

「ぜんぜん答えになってないでしょ」

「おれが……なんでこんなに情緒不安定みたいになってるかっていうと」

「理由があるの」

…夢のなかに出てきた愛が……すごく、きれいだったから

「え、なにそれ」

「キョトンとしやがって」

「だって――あたりまえじゃん、おねーさんが、きれいなのは」

ゆ、夢に出てきた愛は、ぜんぜん別次元のきれいさだったんだよ!

「――どういうふうに別次元だったの? ちゃんと説明してよ」

「……まず、髪が……」

 

× × ×

 

「……お兄ちゃんの喩(たと)えかた、微妙にキモかったけど」

「キモい兄貴でごめんな」

「でも、夢のなかのおねーさんが、どれだけ美人だったのかは、伝わってきた」

「愛には内緒だぞ」

「どうだか」

「おいっ!」

 

「ねえお兄ちゃん、おねーさんだけどさ、大学生になったら、もっともっと大人っぽく、もっともっと美人になるって、そう思わない? 思うでしょ?」

「ノーコメント…」

「意識しちゃって~」

「っるさい」

「顔でわかるよ」

「わかってたまるか」

「きょうだいだもん。顔をそらしたってムダだよ~ん」

「ムカつく」

「お兄ちゃん、かわいい」

「爆笑しながら言うな、かわいくねえ」

「――たしかにわたし、おねーさんほど美人じゃないけどさ」

「……」

「『かわいげがある』ぐらい、言ってくれてもいいじゃん」

「……かわいくねえ、って言ったのは、取り消す」

「じゃあ、代わりになんて言う?」

「……正直、おまえは、かわいげがあんまりない」

「……ヒドっ」

だけど……放っておけない、大事にしたい。わかってくれるよな

 

 

× × ×

 

 

「――またPC持ってきて、プレイリスト再生か」

「悪い……?」

「さっきのおれのことばで、まだ恥ずかしがってやがる」

そんなことないもん

「否定したくても、否定できないんだな」

そんなわけないもん

「くっくっく」

そんな笑いかたしないでっ

「わーったわーった」

 

「…今度こそ、プレイリストが『昭和』なんだな」

ハァ!?

「この前のBlurPulpは平成だったけど、いまおまえが流してんの、ビートルズとかキンクスとか、正真正銘『昭和』じゃねーか」

だから、UKに『昭和』とか『平成』とか、ないから!!

ビートルズ来日は昭和41年だっただろ」

「……で?」

「ごめんいまのなし」

「マジメにしてよ、もっと」

 

「――オールディーズっていうの? こういうの」

「かもしれない。わたしはただ、60年代UKロックを寄せ集めただけ」

「でもビーチ・ボーイズまざってんぞ」

「重箱の隅、つついてこないで」

「はい」

「なんなの、その素直さ」

「――いいよな、この時代の洋楽。50年以上前なのに、不思議と古さを感じさせない」

「くやしいけど、お兄ちゃんに同意」

「『くやしいけど』は余計」

「……ビートルズの、『赤盤』と『青盤』って知ってる?」

「知ってるよ、ベストアルバムだろ?」

「むかしは……ほとんど『青盤』しか聴いてなかったんだけど、最近になって、『赤盤』のほうをよく聴くようになった」

「どうして?」

「初期の曲が馴染んできたの」

「ほお」

「『赤盤』と『青盤』合わせて、ビートルズなんだな……って。大ざっぱな見方なのは、わかってる。オリジナルアルバム全部聴きこんでるわけじゃないし。でも、活動期間10年未満なのに、ずいぶん幅広いよね、って」

「まあビートルズだからな」

「『ビートルズだから』以上に便利なことば、わたし知らないよ」

「――たとえばさぁ」

「なに?」

「おまえらのバンドでさ、ビートルズの曲、コピーしたりせんの?」

「洋楽はコピーしないよ」

「なぜに」

「ボーカルの奈美が英語で歌えないの。…前にもこんな話になった憶えが」

「ボーカルはひとりなのか?」

「そう。ひとり」

「――おまえがボーカルやるっていう発想はないんか」

わたしに歌わせる気!?

「つ、詰め寄ってくるないきなりそんなに」

わたしなら英語曲歌えるんじゃないかって!? それ以前の問題だよ!!

「それ以前の問題って――おまえの歌唱力?」

「――」

「べつにおまえ音痴じゃなかっただろ」

音痴だよ。カラオケの点数、お兄ちゃんより出ないし」

「決めつけるのはよくない」

「わたしはね。

 わたしは、ギターに歌わせたいの、ギターに

「……あすか」

「なんなの、呆れ顔で」

「……恥ずかしいセリフを禁止はしないが、ほどほどにな」