「お兄ちゃん、どうしたの? そんな悩ましげな顔して」
「……あすか」
「お兄ちゃん……?」
「……夢を、見たんだ」
「夢?」
「そう。だけど、その夢が、その夢が……!」
「――ははあ、わかっちゃった」
「なにが」
「夢に、おねーさんが出てきたんでしょっ」
「あ、ああ、出てきたよ、愛が。それは、事実といっていいな、うむ」
「なーーーにキョドってんのっ!」
「背中を思い切り叩くなっ!!」
「おねーさんが出かけててよかったね」
「今朝、愛の顔、あんまり見られなかった…」
「お兄ちゃんでもそんなふうになるんだ」
「突拍子もない夢、見たからだろ…」
「もしかして、エッチな夢だったの?」
「バカヤロー!!」
「妹をデコピンしないでっ!!」
「……すまん」
「お兄ちゃんが取り乱すほどの夢だったのは確かみたいだね」
「だってよぉ……」
「おねーさんは、お兄ちゃんの夢に、どんなふうに出てきたの?」
「べつに……ふつうに、出てきたよ」
「ぜんぜん答えになってないでしょ」
「おれが……なんでこんなに情緒不安定みたいになってるかっていうと」
「理由があるの」
「…夢のなかに出てきた愛が……すごく、きれいだったから」
「え、なにそれ」
「キョトンとしやがって」
「だって――あたりまえじゃん、おねーさんが、きれいなのは」
「ゆ、夢に出てきた愛は、ぜんぜん別次元のきれいさだったんだよ!」
「――どういうふうに別次元だったの? ちゃんと説明してよ」
「……まず、髪が……」
× × ×
「……お兄ちゃんの喩(たと)えかた、微妙にキモかったけど」
「キモい兄貴でごめんな」
「でも、夢のなかのおねーさんが、どれだけ美人だったのかは、伝わってきた」
「愛には内緒だぞ」
「どうだか」
「おいっ!」
「ねえお兄ちゃん、おねーさんだけどさ、大学生になったら、もっともっと大人っぽく、もっともっと美人になるって、そう思わない? 思うでしょ?」
「ノーコメント…」
「意識しちゃって~」
「っるさい」
「顔でわかるよ」
「わかってたまるか」
「きょうだいだもん。顔をそらしたってムダだよ~ん」
「ムカつく」
「お兄ちゃん、かわいい」
「爆笑しながら言うな、かわいくねえ」
「――たしかにわたし、おねーさんほど美人じゃないけどさ」
「……」
「『かわいげがある』ぐらい、言ってくれてもいいじゃん」
「……かわいくねえ、って言ったのは、取り消す」
「じゃあ、代わりになんて言う?」
「……正直、おまえは、かわいげがあんまりない」
「……ヒドっ」
「だけど……放っておけない、大事にしたい。わかってくれるよな」
× × ×
「――またPC持ってきて、プレイリスト再生か」
「悪い……?」
「さっきのおれのことばで、まだ恥ずかしがってやがる」
「そんなことないもん」
「否定したくても、否定できないんだな」
「そんなわけないもん」
「くっくっく」
「そんな笑いかたしないでっ」
「わーったわーった」
「…今度こそ、プレイリストが『昭和』なんだな」
「ハァ!?」
「この前のBlurやPulpは平成だったけど、いまおまえが流してんの、ビートルズとかキンクスとか、正真正銘『昭和』じゃねーか」
「だから、UKに『昭和』とか『平成』とか、ないから!!」
「ビートルズ来日は昭和41年だっただろ」
「……で?」
「ごめんいまのなし」
「マジメにしてよ、もっと」
「――オールディーズっていうの? こういうの」
「かもしれない。わたしはただ、60年代UKロックを寄せ集めただけ」
「でもビーチ・ボーイズまざってんぞ」
「重箱の隅、つついてこないで」
「はい」
「なんなの、その素直さ」
「――いいよな、この時代の洋楽。50年以上前なのに、不思議と古さを感じさせない」
「くやしいけど、お兄ちゃんに同意」
「『くやしいけど』は余計」
「……ビートルズの、『赤盤』と『青盤』って知ってる?」
「知ってるよ、ベストアルバムだろ?」
「むかしは……ほとんど『青盤』しか聴いてなかったんだけど、最近になって、『赤盤』のほうをよく聴くようになった」
「どうして?」
「初期の曲が馴染んできたの」
「ほお」
「『赤盤』と『青盤』合わせて、ビートルズなんだな……って。大ざっぱな見方なのは、わかってる。オリジナルアルバム全部聴きこんでるわけじゃないし。でも、活動期間10年未満なのに、ずいぶん幅広いよね、って」
「まあビートルズだからな」
「『ビートルズだから』以上に便利なことば、わたし知らないよ」
「――たとえばさぁ」
「なに?」
「おまえらのバンドでさ、ビートルズの曲、コピーしたりせんの?」
「洋楽はコピーしないよ」
「なぜに」
「ボーカルの奈美が英語で歌えないの。…前にもこんな話になった憶えが」
「ボーカルはひとりなのか?」
「そう。ひとり」
「――おまえがボーカルやるっていう発想はないんか」
「わたしに歌わせる気!?」
「つ、詰め寄ってくるないきなりそんなに」
「わたしなら英語曲歌えるんじゃないかって!? それ以前の問題だよ!!」
「それ以前の問題って――おまえの歌唱力?」
「――」
「べつにおまえ音痴じゃなかっただろ」
「音痴だよ。カラオケの点数、お兄ちゃんより出ないし」
「決めつけるのはよくない」
「わたしはね。
わたしは、ギターに歌わせたいの、ギターに」
「……あすか」
「なんなの、呆れ顔で」
「……恥ずかしいセリフを禁止はしないが、ほどほどにな」