【愛の◯◯】わたしができること

 

学期末!

と、いうことで、進路のことも兼ねての、三者面談のお時間である。

 

× × ×

 

伊吹先生と向かい合っている。

となりの保護者役は――もちろん、明日美子さん。

 

「それにしても」

伊吹先生が言う。

「羽田さんの第一志望が、まさか、あたしが出た大学になるなんてねえ。しかも、行きたい学部までおんなじ」

「受けちゃ悪いですかーせんせー」

わたしがやり返すと、

「そぉんなこといってないよぉ」

とムキになって、

「むしろ、うれしい」

といっぺんに柔らかい表情になる。

 

そういったやり取りを眺めていた明日美子さんが、

「仲良しね、ふたりとも」

と、微笑ましげに微笑ましげに言うのである。

「あ……すみません、お見苦しいところを」

お見苦しいなんて言わないでくださいよ、先生。

「お見苦しくなんかないですよ~~」

ほら、明日美子さん、むしろ面白がってるじゃないの。

「さ、さようでございますか」

「――先生、受け答えがヘンです」

「ご、ごめんねっ羽田さん、もっとシャキッとする」

焦るようにコホン、と咳払いして、

「ま、あなたの学力だったら、まずだいじょうぶだよ」

と、お墨付きをくれる。

「でも、フリーパス、ってわけじゃないからね、あの大学」

「わかってます」

「気を抜かないで」

「じゅうぶん、わかってます」

「あと、いちばん大事なことは……体調を崩さないことよ」

「崩さない自信、あります」

自信をもってわたしは言う。

ここぞとばかりの健康自慢。

「心配する必要ないか。……でも、お母さま、じゃなかった、明日美子さん、お邸(うち)でもよく見守ってあげてください」

「もちろん♫」

ニッコリと応(こた)える明日美子さん。

 

ふぅ、とひと息ついたかと思うと、

「……6年間って、あっという間ね」

先生はしみじみとつぶやく。

「先生。」

わたしは問いかける。

「手がかかる生徒じゃなかったですか? わたしは」

「う」

うろたえて、声にならない声を発する先生。

「『う』じゃないですよ。そんな微妙なリアクションするってことは――」

「――攻めるね、羽田さん」

「この際だから。」

参りました、というふうな様子で先生は、

「……生徒は、みんなかわいいのよ、あたしたちにとって。

 それは大前提。

 でも、あたし個人の本音が、許されるのならば――、

 羽田さん、

 あなた以上に印象的な生徒は、いなかったよ」

 

面と向かって言われると――、

どう受け答えしていいか、わからなくなる。

 

「卒業式の前倒しみたいになっちゃってる」

横目で見ていた明日美子さんが、面白がって言う。

「ま……まだ3学期がありますからっ」

わたしは少し突っぱねるけれど、

「愛ちゃん、耳が火照(ほて)ってる」

余裕に満ち満ちて、明日美子さんは指摘してくるのだ。

「わたしいいこと聞いちゃったな~」

対する先生は恐縮そうに、

「申し訳ないです……勢いあまって、つい」

「気にしない気にしない」

「ですけど……」

「伊吹先生」

「はっハイ」

「また邸(ウチ)に来てくださいね。いつでも待ってますから」

「ハイ…」

「今後とも、よろしくどうぞ」

「ハイ……」

 

× × ×

 

最後はけっきょく、明日美子さんのペースだった。

 

校舎を出て、ふたり並んで歩く。

事情を知らない人からすれば、母娘(おやこ)だろう。

 

「…伊吹先生、いくつになっても、先生っぽくない」

「そんなこと言わない~っ」

明るく弾む明日美子さんの声――たしなめられている気が、ぜんぜんしない。

「はい、もう言いません」

「愛ちゃん素直。いい子」

「わたしだって学習するし、成長するんです」

「わかるわ~」

 

ふと立ち止まって、明日美子さんがわたしを見てくる。

「――明日美子さん?」

「愛ちゃん、わたしの邸(いえ)に来てから、身長どのくらい伸びた?」

え……。

「4年前と比べて、ってことですよね?」

「うん、そう」

「……ほとんど変わってないと思いますけど」

「え、うそっ」

「たぶん、伸びたとしても、数センチ……」

「そんなもの!?」

しげしげとわたしを眺めやって、

「ずいぶん大人っぽくなったと思ってるんだけどなぁ」

「……伸びたのは髪の毛ですよ、身長よりも」

「たしかに」

「こんなに髪伸ばしたから、大人っぽくなったって、錯覚してるんでは」

「いや、そのりくつはおかしい」

「!?」

「――髪だけじゃないよ。

 それに、『錯覚』なんかじゃない」

 

そして明日美子さんはまた歩き始めた。

わたしも並んでついていく。

 

わたしの内面を見透かすかのように、

「意味深に受け止めちゃったか」

と、街路樹を見上げるようにして明日美子さんが言う。

「あんまり、気にしないでね」

彼女の吐く息が、白い。

 

ふと、考え始める。

 

中等部2年の秋、居候を始めてから、

明日美子さんは、わたしに、いろいろなことをしてくれた。

助けてくれた。

元気をくれた。

そして今も――支えてくれている。

 

逆に、

わたしのほうから、明日美子さんにしてあげられることって、

なにがあるんだろう。

それこそ、もう子どもじゃないんだから、

支えられるばっかりじゃなくて、なにか、してあげたい。

『なにか』なんて、漠然としすぎ。

それは、わかってる。

それでも、わたしにできることが、必ずあるはず。

 

そうだ。

 

感謝の気持ちを――伝えたい。

 

でも、今すぐ感謝は打ち明けない。

寒い冬のなかで、気持ちを、そう、じぶんの気持ちを、

あたためて、

あたためて。

 

やがて、柔らかに暖かい風が吹き始めるころ、

わたしは、わたしから、あたため続けた気持ちを、

伝えたい。

 

伝えるためには――乗り越えなきゃいけない壁が、あるんだけどね。

でも、高くはない。

 

 

「愛ちゃん、前見て歩かないと。壁にでもぶつかったら、たいへん」

「ごめんなさい、ずっと考えごとしてたら、前方不注意で」

「あらら、考えこむのはよくないわよ」

「――納得するまで考えられたから、だいじょうぶです」

「――安心。」

 

× × ×

 

「あ、ちょうどいいところに、『メルカド』が」

「喫茶店?」

「はい。学校帰りに、よく行くんです」

「――おごってあげようか」

「そのことば、待ってました」

「お、不真面目愛ちゃんだ」

「えへへ」

「なんでもおごってあげるよ」

「『ただし、炭酸以外なら』」

「そのとーり!」

 

 

明日美子さん、

だいすき。

 

触れ合うぐらいに、肩を寄せる。

そうやって、仲良し母娘(おやこ)のわたしたちは、クリスマスに彩(いろど)られた『メルカド』の入り口に向かって、歩いていく。