真剣にぼくの原稿に愛ちゃんが眼を通している。
リビングでふたりだけ、なのでは無く、不可解にも梢さんがぼくの斜め左前のソファにいて、野次馬みたいな存在になっている。
「流(ながる)さん」と愛ちゃん。
「なんだい」とぼく。
「赤ペンありますか」
「あるよ」
赤ペンを手渡し。
彼女は素早く原稿に書き込みを入れていき、
「もう少しでカタチになりますね。4月に入る前に完成させましょう」
「うん。そのつもりだ」
うなずくぼく。
うなずき返す愛ちゃん。
「ねーねーねーねー」
ねちっこい口調で、野次馬の梢さんが、
「それ、文学賞みたいなのに応募するんだよね?」
「……しますよ。文学賞『みたいなの』じゃなくて、ちゃんとした文学賞に」
「流くん、敬語はNG。きのう約束したでしょ」
梢さんが文学賞に理解が無いから、思わず敬語になっちゃうんだけど。
でもそんな理屈、通じないよな。
いろいろあきらめて、背もたれに上半身を委ね、
「わかってるから。梢さん」
と言い、眼をつぶる。
しかし、
「もう仲が良いんですねえ、流さんと梢さん!」
と今度は、愛ちゃんが放ってきた矢がグサリ、と刺さってしまう。
ひるんで、つぶっていた眼を開けると、愛ちゃんはまさにルンルンな顔だ。
× × ×
その後、両手の指で数えられないほどのダメ出しをぼくにぶつけてから、愛ちゃんはアツマとふたり暮らしのマンションに帰っていった。
「愛ちゃん終始楽しそうだったね」
梢さんは、ダイニング・キッチンに行こうとするぼくになぜかついてくる。
「楽しい気分は持続すると思うよ。マンションでアツマが待ってるから」
「そっかそっかあ! 愛ちゃんこれから、アツマくんと晩ごはん食べるんだもんねえ! まさに、愛を営むマンション」
「……下品だよ」
「そう? お互いコドモじゃないんだからいいんじゃん」
ぼくは、1996年度生まれ。
梢さんは、1997年度生まれ。
互いにアラサーである。
その事実は否定できない。
けども、
「さっきみたいに野次馬になってぼくたちのやり取り見るのは、どうなのかなあ」
「私が邪魔だった??」
「空気を読めてなかった」
「KYなオンナだったってこと」
「梢さん……『KY』だとか、枯れかけてるコトバをわざと使うんだね」
「ちょっとちょっとちょっと」
「なんなの!!」
彼女に振り向いてしまう。
じっとりとした目線を彼女から食らう。
それからじっとりとした声で、彼女に、
「『さん』付けは、なくない??」
というコトバをぶつけられてしまう。
困る。
おそらく、梢『さん』ではなく、梢『ちゃん』と呼んでもらいたいのだろう。
だが、実のところ抵抗感が強い。
愛ちゃんやあすかちゃんには、自然と『ちゃん』付けができる。
ただ、いろいろと、眼の前の彼女に対しては、厄介さみたいなモノがあって……だから、『ちゃん』を付けるのをためらう。
「梢さん。」
『さん』付けを変えていないから、彼女は不満げ。
だが構わず、
「ぼくときみ、馴れ馴れしくなり過ぎるのも、どうかと思うんだ」
途端に彼女のほっぺたが、ぷくうううーっ、と膨れた。
本格的に面倒くさい状況になっていく。
「流くんっ! そんなヒドいコト言うんだったら、ダイニング・キッチンに入れさせてあげないよ!? 私に通せんぼされてもいいワケ!?」
「ワガママだなぁ。今年で27になるんだろ、きみ?」
「流くんはさらに年上だよね!? 三十路カウントダウン始まってるんじゃん」
無駄なあがきを。
ダイニング・キッチンには入りたい。
なので、
「少しは頭を冷やしなよ、梢『ちゃん』」
と、妥協して、『ちゃん』を付ける。
「流くんも冷蔵庫に頭を突っ込んだら!?」
小学生みたいな罵倒をする梢ちゃん。
スルーするに限る、ので、自分のマグカップを出してヤカンでお湯を沸かすことに意識を集中させていく。