徳山さんは新緑の季節らしい爽やかな装いだ。
「おはよう、濱野(はまの)くん」
挨拶されたので、
「おはよう」
と返す。
それからおれは、
「会うのが1週間延びてすまなかった」
と謝罪する。
「ホントよね」
徳山さんは、
「あなたドタキャンするんだもの。いきなり予定が白紙になったから困っちゃった」
と苦笑しながら言う。
「申し訳無かった。先週スケジュールを白紙にさせてしまった分を今日は埋め合わせる。きみのために頑張る」
「頑張るってなあに」
笑顔でそう言いながらおれに近付き、
「濱野くん絶対全身にチカラ入り過ぎてるでしょ」
と言いながら肩を寄せてくる。
緊張してカチカチになりそうな左腕に彼女が右腕を絡めてくる。
「大胆……じゃない? 徳山さん……」
「何を言うの」
混乱の最中(さなか)のおれは、
「『公共の福祉』というか何というか……」
と自分でもワケの分からないコトを口走ってしまう。
「『公衆の面前』で云々とか言いたいワケ? あなたは」
首肯するおれに、
「今日は絶好のデート日和よ? 分かってよ、交際相手であるあなたと腕を組みたい気持ちを」
× × ×
23区内の某・映画館に来ている。
いわゆる名画座だ。旧作の2本立てだ。
名画座なのだから古典的な名作を上映するのかと思っていたら違った。今日の2本立てはいずれもキッズ向け映画で、1つは90年代後半の日本の比較的マイナーなアニメ映画、もう1つは可愛らしいウサギのキャラクターが主役の近年公開されたCGアニメーション映画だった。
あっ、「ウサギのキャラクター」といっても某ピーターのラビット的なキャラクターではない。
フィクションなブログなので許してください。
座席の座り心地が良くて少し意外だった。
右隣の席の徳山さんがウキウキワクワクしている。
高校に入りたての15歳の女の子みたいだ。
× × ×
上映が終わってシアターから出てきた。
「徳山さんって大学2年だよね? 1浪してるからおれより大学生になったのが1年遅くて……」
「いきなり何なの濱野くん!? 映画と関係無いコト言わないでよ」
「いや、関係はあるんだ」
「……」とムスッとした表情でおれの顔を見てくる彼女に、
「きみはホントは大学2年だけど、さっきのきみは高校に入りたての女の子に見えたんだ」
「うわっ、濱野くんシュミ悪い」
罵倒される流れなのか……?
「わたしが女子高生みたいだったから何なの。女子高生に見える方が可愛いってワケ」
口ごもらざるを得ない。
「あーもうっ」
いきなり彼女は自分の右手でおれの左手を握ってきて、
「こんな場所でぐずぐずしてちゃいけないでしょ。早く建物を出ましょうよ」
と言って、
「お互い学部は法学部なんだから。こういうトコロはきちんとしましょーよ?」
と言い足す。
× × ×
街を歩きながら徳山さんはひたすら映画の感想を喋る。
喋る様子を見るに映画はココロから楽しめたみたいだ。
「饒舌だね」
「そうね饒舌ね。もうちょっと饒舌にならせてよ。あなたが余計な感想で口を挟むのはNGね」
「強引だね」
「ありがとう、そう言ってくれて」
「……どういたしまして」
「本音を言ってくれた方があなたのコトを好きになれるわ」
彼女のロジックが分からないがゆえにドギマギしてしまう。
「さて。とっくに正午過ぎちゃったわね」
「徳山さん。お腹すいたと思うけど昼食の場所はどうする? どうしたい?」
「濱野くん。わたしね」
何故か頬(ほほ)の辺りに淡く赤みのさす彼女。
「大学生にもなって……なんだけど。わたしのお祖父ちゃんから『おこづかい』貰っちゃって」
「『デートの軍資金にしろ』って言われたのか?」
「どうして分かったの。鋭いのね」
「『おこづかい』って幾らぐらいの?」
依然として頬は淡く赤いが、朗らかな笑顔でもって、
「『100円均一じゃない回転寿司がお腹いっぱい食べられるぐらい』」
「あー。きみは回転寿司に行きたいんだね」
「◯シローやく◯寿司とは違った系統のね」
お祖父さんから『おこづかい』を貰えたのが本当に嬉しそうな笑顔だ。
「きみは『お祖父ちゃん子(ご)』ってコトバを知ってるよね」
「知ってるわよ。わたし自身がお祖父ちゃん子なんだもの」
「アッサリ認めるのか」
「わたしが誤魔化したりすると思った?? 誤魔化しなんかしないわよ。あなたに対しては素直になる」
横断歩道の手前。点滅していた歩行者用信号機が赤になり、立ち止まる。
「わたし、お祖父ちゃんと濱野くんのどっちがより大好きだと思う?」
難儀な質問をぶつけられてしまった。
考える。
しかし、歩行者用信号が青くなり、シンキングタイムが打ち破られる。
歩きながら、
「徳山さん。きみの、答えは」
と訊くが、
「解(かい)なし」
と、高校時代を彷彿とさせる笑顔を見せながら、明るく言うのだった。