自己採点日から一夜明けた。
ひとことで言えば……『悲喜こもごも』だ。
第一志望が私立のわたしも、すべり止めの大学には共通試験を利用する。
すべり止めのほうは……まず大丈夫だと思うが、肝心な試験の本番は、これからだ。
× × ×
担任の二宮先生にわがままを言って、面談の時間を作ってもらった。
相談室。
「徳山が神経質になる気持ちも、わかるよ」
二宮先生に言われる。
黙って、うなずく。
「リスクを負ってるわけだからな」
「はい……高望みと言われても、仕方がないとも、思っています」
「勝負は、英語なわけだ」
「はい」
「英語の配点が、おまえが受ける3教科のなかで、いちばん高いわけだ」
「…はい。」
「そして、おれの担当教科は、英語」
「…ですね」
先生は、穏やかに、
「遠慮するなよ、徳山」
「遠慮するなよ……とは……」
「英語教師のおれを、使え。使い倒せ」
「……え?」
穏やかな顔、穏やかな声を崩さず先生は、
「英語教師として、なんでもできることはやってやる、ってことだよ」
「それは……」
「悔いを残したくないだろ? ――わからない単語やイディオムがひとつでもあったら、おれのところに訊きにこい。おまえは、じぶんでなんとかしようと、思いすぎる。じぶんでなんとかしようとするあまり、抱え込む。……だけどそれじゃ、おまえはおまえの受験を、乗り切れない」
「……」
「おれの言ってる意味が理解できるか?」
「……」
「――遠慮するようなことがあったら、この部屋で、お説教だからな」
戸惑い始めるわたしに、優しい顔で、
「なんのために教師がいると思ってんだ」
× × ×
…外のベンチで、クールダウンする。
動揺が…まだ残っている。
「なんのために教師がいると思ってんだ」という二宮先生のことばを……消化しきれなくて。
でも……じぶんでも、どうしてなのかわからないけれど、嬉しさ、のようなものが、こころのなかで芽生え始めていたりもする。
第一志望の赤本をかばんから取り出す。
英語の過去問を見返し、わからない単語やイディオムを、探してみようとする。
アルファベットに眼を凝らしているわたしの前に……やがて、だれかが歩み寄ってくるような気配。
男子生徒。
わたしが知っている男子。
…濱野くん。
× × ×
「まるでわたしの行動パターンを先読みしているみたいね」
「まさか」
「先読みしていなきゃ、わたしを見つけられない」
「そんなものかな?」
「そんなものよ」
見下ろすグラウンドでは、下級生と思われる男子が、野球モドキの遊びに興じている。
…わたしと濱野くんの間隔は、約2メートル。
「どうだったのよ、自己採点」
「悪いことに、上出来だった」
「恨むわよ」
「ひえっ」
「リアルに充実した春が待っていそうね、あなたには」
「――しくじったの?」
「いいえ? ――本命の入試とは、あまり関係もないし」
「そっか」
「きのう、自己採点の時間のあとで、小野田さんと出くわしたんだけど。あの子って、ほんとうにポーカーフェイスよね。内面を見透かせない」
「というのは?」
「なにを考えているのか、わからない。なにかを、抱えていたり、するのか。なんにも、抱えていたりは、していないのか。――読めない。」
「おれにも、読めなかった。彼女のこころの奥底みたいなものは」
「生徒会で、いっしょだったのに?」
「わかるわけがないよ。いくらおれが副会長で、会長の彼女と関わる機会が豊富にあったからって」
「それもおかしなことね……。彼女のせいでもあるんだけども」
「だけど、徳山さんは、彼女がキライだってわけじゃないだろ?」
……わざと、軽く笑ってみる。
濱野くんを、もてあそぶように。
もてあそばれた濱野くんは、戸惑い、押し黙る。
「――ねえ。わたしこの前、あすかさんに、からかわれちゃったのよ」
「ど……どんなふうに」
「『まだ、手もつないでないの?』って」
「だ……だれと、だれが」
「バカね」
「!?」
「ほんとうは、わかっているんじゃないの?? あすかさんが、だれとだれのことを言っているのか。むしろ、わからないほうが、ヘンよ」
顔を逸らす、彼。
バカ。
「濱野くん」
「ん……」
「指。」
「ゆ、ゆび……とは、」
「指だったら――触れてあげても、いいわよ」
「とくやま……さん」
右手の小指を――立てて。
「『指切り』って――、便利よね。
汎用性があるわ」
意味不明なことを言われたようなリアクションの濱野くん。
『ほんとうにバカなのね』と、こころのなかだけでつぶやいてみる。
つぶやいてみてから、
いつのまにか、間隔が30センチぐらいに縮まっている、彼に向かい、
右手の小指を、寄せていく。